2017.11.18

【教えて!山内研究室】山内研に入るには(M2 長谷川)

こんにちは。修士1年の長谷川です。日本語で書きます!

今回のブログテーマは「教えて!山内研究室」。
来年から山内研のメンバーになるM0の皆さんからいただいた質問に答えるコーナーです。
冬入試を受験される方、来年度の夏入試を考えている方、必見です。

今回は、山内研M1の私から、M1の研究生活のスケジュールに関する疑問に答えたいと思います。
 

Q: M1はどれくらい授業取るんですか?
A: 週2~3日で6コマ前後取ります。するとM2では単位を取る必要なく、修論に集中できます!

  春学期(4月~7月)では、火曜の学際情報学概論と木曜の学習環境デザイン論(山内先生)が定番です。前者は、情報学環の全体像を講義形式で俯瞰した上で、グループワークを通じて学際的な情報学研究の立場や方法論を実践するものです。後者は、前半で空間・活動・共同体という視点から学習環境を考察した上で、その知識を活用し現実のデザイン課題に取り組みます。

  秋学期(9月~1月)では、文化・人間情報学研究法と研究倫理が必修です。前者は、さまざまな研究法を少しずつ知れるものもあれば、文献研究あるいはデザイン研究に絞って深く研究の方法を学べるものもあります。後者は、研究者としての倫理規範を様々な分野の教授の視点から知ることができます。

  もちろん、これら以外の講義の取り方は自由で、他学部の講義も全然問題ありません。私自身は今学期、文学部の博物館展示論と工学部の技術経営の講義を取っています!

 
Q: M1の研究はどう進んで行くのですか?
A: 4月~9月は研究テーマ分野の幅広い論文レビュー、10月~3月は研究計画の策定、になります。

  入試で出す研究計画の時点で、かなり焦点を絞られている方もいますが、一旦それだけに囚われず、より広い文脈で自分の関心を捉えることを目的として、ひたすら広くレビューします。たとえば、僕はデジタル地球儀の研究がしたい!と言って入ってきましたが、まずはGISを用いた教育について見ることになりました。

  そうして、自分の研究が位置づく大きな文脈を把握した上で、いよいよ後半ではRQを決めていきます。特に年内までは案出しをして行き、1月に方針を決め、3月までに完成させる、というような流れになります。

 
以上、いかがでしたでしょうか。
これ以外にも、M1は夏合宿と春合宿の企画運営を任されたりと、意外と色々ありますので、
また続く投稿たちでより詳しく山内研を知っていただけると幸いです。

 
【長谷川哲也】

2017.11.06

【教えて!山内研究室】山内研に入るには(M2 林)

こんにちは。修士2年の林です。
先月は調査のために台湾に行ってきましたが、半袖しか持っていなかったので戻ってきた時は日本の寒さにやられました。
皆さんも風邪をひかないようお気をつけください。

さて、今回のブログテーマは「教えて!山内研究室」ということで、
来年から山内研のメンバーになるM0の皆さんからいただいた質問を答えるコーナーです。

今回は、外国人でありながら日本語で修論を執筆する予定の私から、語学力から研究室の特徴まで幅広く疑問を答えていきたいと思います。

ーー


Q:山内研に入るにあたり、語学力(英語)はどのくらいあれば良いのか教えてください。
A:英語に関しては、入試にはそれほど求められてはいないですが、研究には必要だと思います。
先生に海外の論文をレビューするようにアサインされることもあるし、学習科学などの分野はやはり英語の文献が多いから、ある程度の英語リーディングスキルが必須です。ゼミの文献購読も英語の本を読むことが多いです。
英語の文献を読むって、決して簡単なことではないですが、読まなければいけない時は読めるようになるらしいから安心してください。


Q:英語のスピーキングに関しては?
A:スピーキングは人それぞれですが、研究室に留学生が入る場合もあるので、
英語ができればより円滑なコミュニケーションを取れるのではないかと思います。


Q:外国人留学生ですが、山内研では外国人特別選考という制度がありますか?
A:山内研が所属している「学際情報学府 文化・人間情報コース」では、外国人特別選考がありません。外国人であっても、日本人学生と同じ試験を受けることになります。
また、ITAISAという英語のプログラムもありますが、詳細はITASIAの周さんにお答えしていただけたらと思います。


Q:外国人留学生の日本語能力はどのくらいあればいいのか教えてください。
A:文化・人間情報コースの場合は、出願する際に「日本語学力証明書」という書類を提出しなければならないですから、ある程度の日本語能力が求められると思われます。


Q:山内研がほかの研究室が違うな〜と思うことは何ですか?
A:やはり、研究室を(物理的に)持っていることではないかと思います。台湾にいる時、いわゆる文系の研究室には院生の席がないのが普通でした。
山内研では、研究室を構えていることで横のつながり(同期同士)と縦のつながり(先輩と後輩)が強くなり、コミュニケーションが活発になっています。
先輩たちが研究室でお互いの研究について熱く語り合うのはよくある光景です。外国人である私が日本の生活に慣れることができ、先輩たちからたくさん学べたのも研究室があったおかげだと思います。


ーー

いかがでしたでしょうか。
次はどんな疑問が出てくるのでしょうか。お楽しみに。

【林怡廷】

2017.10.26

【教えて!山内研究室】山内研のゼミってどんなの?(M2 原田 悠我)

山内研究室ってどんな研究室なんだろう...
何を普段はしてるのかな...

こんにちは、修士2年の原田 悠我です。
今回から新しいテーマ「教えて!山内研究室」になります。

ブログを読んでくださっている皆さん。
気になるあの研究室や有名なあの研究室、普段どんなことをしているか知っていますか?
なかなか、自分が所属している以外の研究室について知る機会ってないですよね。
そして、山内研究室。けっこう気になっていますよね。

というわけで、数回に渡って様々な疑問に答えて行きたいと思います。
研究運営から食事まで幅広い疑問を考えてくれたのは、
新しく山内研究室のメンバーになる(予定の)M0の皆さんです。

それではさっそく、はじめていきます。
第1回目となる今回のテーマは「ゼミ」です。

Q : 山内研究室にはゼミってあるんですか?どのぐらいのペースで進めているのですか?
A : はい、毎週木曜日の14:00〜17:00に実施されています。
 基本的には大学のスケジュールに従い(夏休みや冬休みは休み)福武ホールで実施されています。学部時代には情報工学部にいたのですが、その頃のゼミとは雰囲気も形式も異なっています。学際情報学府の中でも研究室毎にけっこう異なっています。とはいえ、私の場合、研究を進める上でさらには大学生活全体を見ても、かなりのウェイトを占めている重要な学びの機会という位置づけは変わっていないですね。学部時代から一週間がゼミを中心に回っている気すらします。

Q : どんなことをしているんですか?
A : 研究報告と文献報告が実施されています。
 今学期の場合、前半が3名の研究報告で後半が1名の文献報告という型式で進められています。それぞれ順番に担当が変わっていき、研究報告はだいたい1ヶ月に1回で担当になります。研究報告では、修士研究や博士研究の進捗報告を前半に実施し、後半はそれを踏まえての質疑応答を行います。担当者にとっては1ヶ月間から半年の過ごし方が決まる重要な時間です。後半の文献発表では、輪読している本を1章ずつ呼んでいきます。夏学期は「Contemporary Theories of Learning」で冬学期は「The ABCs of How We Learn」です。まとめると、前半の研究報告が個人個人の研究を知る機会、後半が研究室に共通した幅広い学習について知る重要な機会となってます。

Q : どのような人が参加されていますか?
A : (基本的には)山内先生と研究室の院生および助教の先生です。
 だいたい15名から20名が参加しています。山内先生、大学院生(約12名)、そして山内研究室に関係のある助教の先生(約5名)、そしてたまにゲストの先生という感じです。

Q : 疲れますか?
A : はい。木曜日の夜はぐったりで、金曜日は休日気分です。

いかがでしょう。
なんとなく山内研究室のゼミの様子が伝わりましたか?

次回は台湾に修士研究の調査に出かけている林さんです。
どんな疑問にこたえてくれるのでしょうか。お楽しみに。


原田 悠我

2017.10.02

【印象に残っている本の一節】「天の瞳」幼年編 <1> 灰谷健次郎(D4 佐藤)

D4の佐藤朝美です。今回は、灰谷健次郎さんの「天の瞳」幼年編 (角川文庫) の一節を紹介したいと思います。

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「どう答えたの?倫太郎ちゃんは」
「ハナクソって」
あんちゃんが机をたたいた。大声で、うれしそうに笑った。
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このシーンは、主人公倫太郎が通う保育園における職員会で、「らくがき」が話題になった時のことです。子どもの自発的な遊び心をどこまで許容すべきか激しい議論が繰り広げられた後、園長の園子さんが倫太郎の作品を持ってきました。
ピンポン玉くらいの真っ黒な紙の球を見せながら、

    「まだ見たことのない絵、誰も真似のできない、世界中でたったひとつの絵を描いてくださいって、わたし、子どもにいったの。・・・そしてできたのがこの作品です。」

      と、園子さんは言いました。
      倫太郎はそのお題を受けて、和紙を色々折って染料に浸けて、工夫して、試行錯誤して、熱中して、出来上がったのがこの作品。その過程を見ていないユミコ先生は、作品を持ってきた倫太郎に、

        「なに、これ?」
      と言っちゃったそうです。すかさず

        「ハナクソ」
      と答えた倫太郎ですが、この回答が倫太郎の天衣無縫な性格をよく表していて・・・作品作りは限りなく熱中していて、一心不乱に取り組みながらの、この回答でした。


      私がこの書籍を読んだのは息子が生まれてすぐの二十代最後の歳でした。男の子の子育てがに想像がつかず、半ば途方に暮れていた状態でしたが、夫に手渡され、夢中で読んでしまいました。理解しがたいヤンチャな倫太郎のような男の子は、同級生にいたら一番キライなタイプです。新卒のエリ先生の半べそかきながら倫太郎とやり合う姿が自分と重なりました。が、倫太郎の一見理解しがたい不思議な行動が、あんちゃんとのやり取りや園子さんの鋭い観察、関わる人達との対話を通して、すごく納得し、倫太郎ならではの、ちょっと素直ではなく、型破りな反応が愛しく、頼もしく思うようになりました。男の子を育てることへのワクワク感とともに、幼児教育というものに魅力を感じたのもこの頃からだったかもしれません。

      下記は今でも新鮮に素敵だなと感じる園子さんのセリフです。

      ---
      「誰かが倫太郎ちゃんを台風みたいな子だっていってたけど、うまいことをいうと思った。台風には眼があって、その眼が大きくてきれいなほど台風のエネルギーはすごいのでしょう。子どもにはどの子にもそんな天の眼があって、生命の成長を暗示しているような気がするわ。子どもって不思議さをいっぱい持っている人間の原型だなって、子どもと暮らしてみて、つくづく思ったのね。わたしはそれを大事にしてあげたい」
      ---

      いまだに現場に行く度に圧倒されるばかりですが、子どもの不思議さ、エネルギーのすごさを大切にしていきたいと強く感じます。そして、不思議さを言語化し、エネルギーを上手くアウトプットにつなげていけるよう、日々精進していきたいと思います。


      佐藤朝美

    2017.10.01

    【印象に残っている本の一節】人生の実験室

    現代における大学の重要な役割は、
    それが"人生の実験室"として機能するという点にあるように思う


     私にとっての「印象に残っている本の一節は、「大学生論-戦後大学生論の系譜をふまえて-」という本の第六章「人生の実験室としての大学を考える-ある大学生の心の風景をまじえて-」の中に書かれた、この一節です。

    この一節は、橋本広信先生が書かれたものです。中学校や高校とは違い、決まりごとが少ない大学という場所で、どう過ごすことが正解なのか、どう過ごしたら楽しく、かつ、自分の過ごした時間に胸を張れるのかということを考えていた時にこの一節と出会いました。

    大学の入り口に至るまでに、気の遠くなるような時間とお金をかけたとしても、ただ何となく漂流したとしても、君たちの思いにかかわらず、四年という制約された時間は、着々と終わりに向かう。大学という大幅な自由が許された特殊な空間と、"大学生"という名のかりそめのアイデンティティを、学生証とともに受け取った君たち。君たちがそこでとった行動というものは、どういうものか。それが、大学の出口で試されることになるかもしれない。試されるというのは、けっして会社に就職するとか、仕事を持てるかどうか、ということだけではない。もちろん、そこでの試練が大きいのは事実だ。ただ、より本質的には、自分に対する自信、世の中に出て何かをできるという有能感。そんな目に見えないものも試される"自分"が試される。


    橋本先生は、自分に対する自信や世の中に出て何かをできるという有能感などのような、大学の出口で試されるものを「人としての付加価値」と呼んでいます。そして、何かを経験(実験)するだけではなく、そのことによって、大きくなっていく自分自身を感じ取るとき(自己変容)、初めて、人としての付加価値(実験結果)がついたと言えると、述べています。


    ここでのアウトプットは、"人としての付加価値"となっていますが、何かを選択する際の基準を作ることや自分にとって最適な学習方略の模索などもアウトプット(実験結果)や目的として含めたとしたならば、"人生の実験"は、大学以外の様々な場面でも行われていることだと思います。

    臆病な私は、"人生の実験"をすることに抵抗がありました。けれども、この本を読んで、何か停滞していることが逆に怖いことだと感じるようになりました。科学が、様々な実験の積み重ねの中で発展してきたように、きっと私の人生も様々な実験を行っていくことで、もっと豊かなものへと発展していくんだろうなと思うようになりました。大学以降の人生に、きっと与えられた実験は少ない。自分自身で、実験計画を作り、検証していく必要があります。それを楽しんでやっていきたい、そして、昔の私と同じように、"人生の実験"を行うのが怖い大学生がいたなら、その子の気持ちに寄り添いたい。今はまだ、うまく言語化できませんが、自分が今大学生の課外活動の研究をしているのも、キャリアレジリエンスという概念を従属変数として扱っているところにも、この本やこの本を読んで感じたことと強く繋がっている気がします。

    こんな感じで、うまくまとめることはできませんでしたが(笑)次の人にブログの担当を回したいと思います。

    【池田めぐみ】

    2017.09.25

    【印象に残っている本の一節】自動起床装置(D1 平野)

    「宿泊センターが自動覚醒機とかいう最新装置を買うらしいよ。おれたちお払い箱になるかもしれない」

    D1/内田洋行教育総合研究所の平野です。今回のブログテーマは「印象に残っている本の一節」ということで、ジャーナリストで小説家の辺見庸さんによる芥川賞受賞作『自動起床装置』(1991年)を取り上げたいと思います。

    通信社の宿泊センターで、仮眠する社員を指定された時間に起こす「起こし屋」のアルバイトをはじめた大学生の「ぼく」。アルバイト歴が長く、起こしの名人と呼ばれている同僚の聡は、法学部生だが睡眠や樹木に関する本ばかり読んでいる変わり者。そんなある日、自動起床装置が導入されることになり...。

    「起こし屋」という仕事のユニークさもありつつ、自動起床装置に象徴される現代社会への批判的まなざしも垣間見えるのが興味深いところです。今回ご紹介するのは、自動起床装置の導入を非難する聡の台詞です。

    「ところがさ、産業革命期をへて目覚まし時計というものが発達していくよね。眠りと覚醒を機械的に、強制的に区別しようという考え方が勢いづいていくんだ。おそらく、最初に目覚まし時計をつかったひとは、心臓をちぢめただろうな。......それからだんだんに覚醒時の方が睡眠時より大事という考え方、睡眠を覚醒に従属させる発想が普通になっていくんだ。......まちがっているかもしれないのにね。(略)......このへんでやめといたほうがいいんだ。無理がきているんだから」

    学習研究に引きつけると、「授業と授業外」「学校と学校外」など、学習がおきている時間とおきていない時間を明確に区別しようとする思想、あるいは「学習がおきていること」を「学習がおきていないこと」よりも「よい」ものとする考え方があるとは言えないでしょうか。こうした思想を自動起床装置のような形で具現化し、睡眠を支配しようとする考え方はある意味で教育工学的とも言えるでしょう。しかし、その思想はほんとうに正しいものでしょうか。自動起床装置によって、失われるものはないのでしょうか。

    眠りと覚醒を区別する思想、学習とそうでないものを区別する思想を超えて、人間そのものをもう一度、連続性の中で捉えなおすことが必要なのかもしれません。学習でないものの中に学習のタネがあるかもしれず、学習している時間が学習していない時間に生きてくるということがあるかもしれないですから。

    「(略)......眠りの世界ではいろいろなことが起きる。辛くて、狂おしくて、他愛なくて、突飛で、情けなくて......もう、すべてなんて言葉でおおえないほどすべてのことが起きる」

    追伸:辺見庸さんはこれを書かれたとき46歳、芥川賞を取られてからも数年間は共同通信社にて働かれていました。この作品にも通信社での経験が強く反映されています。社会人大学院生である私には、その「二足のわらじ」ぶりも印象的なのです。

    平野智紀

    2017.09.22

    【印象に残っている本の一節】職業としての小説家(D1 杉山)

     D1杉山昂平です.私にとっての「印象に残っている本の一節」は,村上春樹『職業としての小説家』にあります.村上がいかに小説を書いているのかその方法論を述べた本です.私は「日常生活」を描くところに彼の小説の良さがあると思っていますが,『職業としての小説家』ではその点についてこんな持論―自伝が展開されています.

    「僕は親の世代のように戦争を経験していないし,ひとつ上の世代の人たちのように戦後の混乱や飢えも経験していないし,とくに革命も体験していないし(革命もどきの経験ならありますが,それはとくに語りたいようなものではありませんでした),熾烈な虐待や差別にあった覚えもありません.比較的穏やかな郊外住宅地の,普通の勤め人の家庭で育ち,とくに不満も不足もなく,とくに幸福というものでもないにしても,とくに不幸というのでもなく(ということはおそらく相対的に幸福であったのでしょうが),これといって特徴のない平凡な少年時代を送りました.」

    村上は,前世代の文学者たちのようには,時代の転換による大きな悩みや,戦争のような強烈な体験をしていません.兵庫県西宮市・芦屋市の「良いところ」の子弟として日々生活してきた.だからそうした「軽い」日常生活しか自分には書けない.でもそれのどこがいけないんだ.それも小説になって良いだろう,というのが村上の意見です.


     彼の偉いところは,日常生活を書くために,それに適した文体を練り上げた点にあります.

    「戦争とか革命とか飢えとか,そういう重い問題を扱わない(扱えない)となると,必然的により軽いマテリアルを使うことになりますし,そのためには軽量ではあっても俊敏で機動力のあるヴィークルがどうしても必要になります.」

    そのために彼は,あえて語彙力で劣る英語でいったん執筆してから日本語に翻訳するというやり方をとり,シンプルで直截な文体を築きあげました.もし,戦争や革命を語るような文体で日常生活を描いていたとしたら,とてもちぐはぐで質の低い小説になっていたことでしょう.


     この一節に私はとても共感しました.村上と同郷で生活環境も似通っている私は,貧困や格差といった大きな社会問題にはあまり興味がもてないでいました.むしろ日常生活のリアルとして感じられたのが「アマチュア」や「趣味」であり,今はそれを深めるような学びを研究対象にしています.そんな私にとって,『職業としての小説家』は「いわゆる社会問題ではないものについても論文が書かれるべきだ」という信念を裏付けたり,「しかし,そのためには社会問題を論じるのとは別の問題設定や文体が必要だ」という技術への志向をもたらしたりしてくれました.端的に言って,この一節から勇気づけられたのです.
     日常生活のなかで人々のささやかな可能性の種をまき,発芽させていくような学び.それに注目するための理論や概念,それを支えるための学習環境デザインの実践論.こうしたものについて書いていくためには,それに適した「ヴィークル」を用意する必要があります.『職業としての小説家』にならいつつ,研究・論文においてそんな「ヴィークル」を用意することを目指していきたいと思います.

    【D1 杉山昂平】

    2017.09.20

    【印象に残っている本の一節】貞観政要(M1 中野生子)

    こんにちは。M1の中野生子です。だいぶ季節が秋らしくなってきました。大学の夏休みも今週で終わり、来週からまた後期授業が始まります。
    今回も引き続き「印象に残っている本の一節」というテーマでお送りします!

    ■ 私が選んだ一節
    私が選んだのは「貞観政要」という、唐の太宗と臣下達との政治に関する言行を記録した書物です。北条政子や徳川家康の愛読書だったとも言われています。尊敬する経営者に「貞観政要は最高のビジネス書である」とオススメいただいたのがきっかけで、苦手な漢文の書に目を通してみました。もちろん、解説付きで笑。
    中でも一番印象に残ったのは、三鏡と呼ばれる一節です。

    「太宗、嘗て侍臣に謂ひて曰く、夫れ銅を以て鏡と為せば、以て衣冠を正す可し。古(いにしへ)を以て鏡と為せば、以て興替を知る可し。人を以て鏡と為せば、以て得失を明かにす可し。朕常に此の三鏡を保ち、以て己が過ちを防ぐ。今魏徴徂逝し、遂に一鏡を亡へり、と。・・・其の逝きしより、過つと雖も彰すもの莫し。朕豈に獨り往時に非にして、皆茲日に是なること有らんや。故は亦庶僚苟順して、龍鱗にふるるを難る者か。・・・言へども用ひざるは、朕の甘心する所なり。用ふれども言はざるは、誰の責ぞや。斯れより以後、各々乃の誠を悉くせ。若し、是非有らば、直言して隠すこと無かれ、と。」

    少し長い一節ですが、意味は「太宗はあるとき侍臣たちに語って言われた『いったい銅を鏡とすれば(姿を映して)人の衣冠を正すことができる。昔を鏡とすれば(歴史によって)世の興亡盛衰を知ることができる。人を鏡をすれば(その人を手本として)善悪当否を知ることができる。我は常にこの三つの鏡を持って自己の過ちを防いでいた。ところが今、魏徴が死んで、とうとう一つの鏡をなくしてしまった』と。・・・『彼が死んでから後は、たとい過っても明らかにしてくれるものがない。我は、なんで(魏徴が生きていた)往時にだけ非があって、今日はすべて是であるということがあり得ようか。そのわけは多くの役人たちが、むやみに順従して天子の御機嫌を損なうことをはばかるからであろう。・・・臣下が言っても天子が用いないからであるという非難があるならば、我は甘んじてその責任を負うものである。しかし、我が用いても言わないのは、いったい誰の責任であるか。今後、各自がその誠意を尽くせよ。もし、悪いことがあれば、はばからずに直言して隠すことがあるな』と。」

    ■ なぜ印象に残っているのか
    特に三鏡の三つ目、自分の行動の是非は人に言ってもらわないと分からない、人間は自分のことが一番わからないから、耳が痛いけれど正しいことを言ってくれる人をどれだけ持てるかが重要というメッセージに、どの時代も人間の本質は変わらないのだなと思ったのが印象に残っています。
    魏徴のように何百回も言い続けてくれる人(友人・仲間・同僚等)を得るには、常に耳の痛いことを謙虚に受け入れる姿勢を持ち続けなければいけないなと痛感した一節でもありました。

    ■ まとめ
    この一節のみならず、貞観政要の中での太宗と臣下のやり取りは、言葉は違えど似たような、そして重要なメッセージが様々な表現で収録されています。人間は同じことを何回も何回も言われなければ分からない、月に1回良いことを言われても伝わらない、しかし同じ表現で言われても飽きて聞かなくなるから色んな表現で具体例を出しながら伝えていく必要がある、そんな学びを得た本でした。
    また太宗と臣下の会話は、唐の時代のものなのに、現代の人間が読んでも通じるものばかりです。人間の本質は古代よりあまり変わらない、だからこそ昔から良本と言われる本を読む価値は多分にある、と思い知らせてくれて一冊でもあります。
    人の学びについて考える時、どうしても自身の経験から語ってしまうことがありますが「人間は古代より本質的に変わらない」という点を踏まえると、自分が研究しようとしている「学び」について、その分野の論文レビューのみならず100年単位で人間がどういう思想のもとにどういう学びを得ようとしてどういう失敗をしてきたのか、そういう観点で見ていかなければいけないんだろうな、と思いました(遠い目笑)。
    貞観政要は一節一節読み進めるだけでもためになる本です。古典に興味がある人はぜひ読んでみてください。

    【M1 中野生子】

    2017.08.27

    【印象に残っている本の一節】 スイートリトルライズ (M1 宮川 輝)

    こんにちは。山内研究室・修士1年の宮川です。
    蒸し暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。
    今回のブログテーマは「印象に残っている本の一節」になります。


    ■ 私が選んだ一節

    私が取り上げたいのは江國香織さん『スイートリトルライズ』の一節です。

    この作品は、それぞれが秘密の恋をしている主人公の瑠璃子と夫の聡(さとし)が、小さな嘘を積み重ねながら進行させていく夫婦生活・そして彼女たちの心の機微をとらえた小説です。その中でも特に印象深いのは、瑠璃子が不倫相手の春夫の部屋で共に過ごすシーンです。

    「今付き合っている彼女(美也子)と別れるかもしれない」と告白する春夫に対し瑠璃子は、自分と春夫は互いに「嘘をつけない関係」であることを指摘します。そしてその後に瑠璃子が発するセリフが、多くの読者にとって心に残っているであろう次の一節です。


    「なぜ嘘をつけないか知ってる?
    人は守りたいものに嘘をつくの。
    あるいは守ろうとするものに。」


    ■ なぜ印象に残っているのか

    この表現を初めて目にしたとき、私は「なんて人間の心の本質を捉えた言葉なんだ!」と思いました。しかし少し経ってから考えてみると「本当にそうか?」という気持ちも出てきました。

    その後に瑠璃子は「あなたが美也子さんに嘘をつくように。私が聡に嘘をつくように。」と続けるのですが、これは素朴な発想をすれば「夫婦の間であっても嘘がないに越したことはないし、不倫相手にも嘘はつけるんじゃないか...?」といった考えにも辿りつきます。

    とはいえこの瑠璃子のセリフにはどこか不思議な説得力があり、何度も自分の頭の中を行き来していくうち、気付けば忘れられない言葉になっていました。


    ■まとめ

    解釈の開かれた表現というのは文学作品における一つの魅力で、何度もその言葉を咀嚼していくうちに今まで思いもしなかった考え方に出会ったりすることがあります。こうした経験がある種の「学習」であることは間違いないでしょう。

    たとえば数学の問題が解けるようになるといった文字通りの「学習」ばかりでなく、開かれた意味を解釈するといったような、さまざまなタイプの学習を育むことにも目を向けていきたいと思いました。

    2017.08.19

    【印象に残っている本の一節】盲ろう者として生きて(M2 根本 紘志)

    【印象に残っている本の一節】、今回は東大初の盲ろう教授となった福島智氏による『盲ろう者として生きて 指点字によるコミュニケーションの復活と再生』をご紹介します。


    ■私が選んだ本と一節

    福島氏は小学生時代に視覚を、そして高校生時代に聴覚を失いました。視聴覚両方を失いながらも試行錯誤をしながら、筆者は指を重ね合わせてタイピングする「指点字」(→動画)というコミュニケーション手段を手に入れます。もちろん支援者の手伝いを得ながらですが、そのおかげであまり不自由ない形でコミュニケーションが取れているといいます。
    もともと見えて、聞こえていた状態からそれらが失われていく間には様々な出来事があり、様々なことを考え感じてきたはず。本書では日記などの資料を元にその過程が描かれ、考察されます。

    盲ろう者としてよく引き合いに出されるのはヘレン・ケラーですが、ヘレン・ケラーと自身の体験は異なると福島氏は言います。

    「ヘレン・ケラーの人生は、『覚醒』と『成長』の歩みであるのに対して、私は『喪失』と『再生』の人生を経験した」(著者まえがきより)

    ヘレン・ケラーは2歳頃に視聴覚を失ったため、そこから言葉を獲得していく過程に注目が集まりました。一方で福島氏の体験は一度手に入れたコミュニケーションの手段をほぼ失い、その後別の手段を手に入れていく過程と言えます。
    そんなことを考えながら本書を初めて読んだのは2012年でした。今回ブログの題材に挙げるに当たって改めて読み直したのですが、5年経つと印象に残る一節が大きく異なっていました。


    ・2012年に印象に残っていた一節
    「人はみな、それぞれの『宇宙』に生きている。それは部分的には重なり合っていたとしても完全に一致することはない。時にはまったく交わらないこともある。このように、ばらばらに配置された存在であるからこそ、その孤独が深いからこそ、人は他者との結びつきに憧れるのではないか。智の盲ろう者としての生の本質は、この根元的な孤独と、それと同じくらい強い他者への憧れの共存なのではないだろうか。」(p.336 12-4.孤独と憧れのダイナミズム)


    ・2017年(今回)印象に残った一節
    「『M: I君はいつおうちに帰るの? I:うーんとね、22日に帰ろうと思うんだけどね』その瞬間、私の内部で何かがスパークした。」
    (p.247 10−1. 喫茶店での出来事 「指点字通訳」の始まり)


    2012年の自分は盲ろう者の視点を通じて「人のあり方」のようなものに関心を抱いていたのかな、と振り返ってみて思います。この部分は谷川俊太郎氏の『二十億光年の孤独』も引用しながら力強く書かれており、自分にとってインパクトが大きかったのかもしれません。

    一方で、今回気になった部分に引っかかった理由は「メディアを用いた学習やコミュニケーションをデザインすることを考える時にヒントになるのではないか?」と思ったからです。(特に意図はしていないのですが、結局学習に関する話になりますね...)


    ■なぜ印象に残っているのか
    私たちは日々、大量の情報を用いてコミュニケーションを取り、学びます。視覚や聴覚が主ですが五感をフルに使って学ぶことの重要性も指摘されています。しかし、それらの一部が制限されたとしたら...コミュニケーションや学びの質は大きく変わるはずです。
    障がいを抱える方の学習については言わずもがなですが、メディアを用いた私たちの学習でも同じことが言えるのではないか、と本書を読んでいてふと思いました。

    今回取り上げた一節で福島氏は「スパーク」を感じたと言います。実はそれ以前から指点字という方法を用いて会話の通訳をするという試みは行われていました。しかし、福島氏はその通訳方法ではコミュニケーションが取れないと感じていたのです。この問題点について、取り上げた一節に続く部分では以下のように説明されています。


    「盲ろうとなって私がぶつかった第一の壁は、コミュニケーション手段の確保だった。第二の壁は、そのコミュニケーション手段を実際に用いて、持続的に会話する相手を作ること。つまり、他者とのコミュニケーション関係を形成することだ。そして、第三の壁は、周囲の"コミュニケーション空間"に私が能動的に参加できるようにすること。言わば、"開かれたコミュニケーション空間"を私の周囲に生み出すことだったのである。」(p.248 10−1. 喫茶店での出来事 「指点字通訳」の始まり)


    「スパーク」が起きる前に行われていた通訳は「I君は22日に帰るらしいよ」といった具合でした。この通訳と先に挙げた通訳では、受け取り手の情報が大きく異なります。実際、台本のようなやり取りとして通訳を受けることで福島氏は「そうか、I君まだ帰る日を決めてないんか」とツッコミ役として能動的に会話に加わっていくことが出来たと言います。一方で伝聞系の通訳ではそうはいかず、「ああそうか」以外の返事はしにくくなってしまいます。

    ここで書かれている記述が「よくわかる(かも?)」と感じた経験が僕自身、複数回あります。
    それは、スカイプなどのオンライン通話ツールを使ってグループワークに参加している時です。大学で友人数名が議論をしている際、所用で大学に行けなかった僕はスカイプを使って議論に参加していました。大体の議論は何となくついて行けるのですが、大学にいる人たちがその場でちょっと盛り上がった話題やそこに通りがかった友人との会話などが混じると途端に会話からおいて行かれてしまうことがありました。また、議論に欠席した場合は議事録などを後ほど共有してもらうことになります。その場合も議論に入っていけるようになるまで少し時間がかかります。


    ■まとめ
    こうした時に自身が感じていた課題は「周囲のコミュニケーション空間に自身が加われていなかった」ということだったのだと思います。ICTツールが発達したおかげで「全くコミュニケーションが取れない、相手がいない(福島氏の言う第一・第二の壁)」ということはなくなったものの、その代わりに「コミュニケーション空間に能動的に参加する(第三の壁)」ということは起こり得る、むしろそれが今後メインの課題になるのではないか、とぼんやり考えています。

    そうした壁は実は視覚・聴覚が不自由な方にとっては以前からあったものなのかもしれません。また、その壁を越えて日常的に人と関わり、学ぶために様々な工夫がなされてきたのかもしれません。


    「盲ろうという極限にまで制約された情報のもとで生きる智にとって、最終的に智の認識とコミュニケーションを支えたものは、『感覚的情報』と『言語的情報』という二つのカテゴリーの情報による『複合的な文脈』の提供ではなかったかと筆者は考える。そして、この複合的な文脈を、新たな概念で把握し、『感覚・言語的情報の文脈』と筆者は命名する。」(p.301 11-5.視覚・聴覚を代替する複合的文脈 「感覚・言語的情報の文脈」)


    視聴覚を使うことのできない福島氏にとってコミュニケーションのために使える主な手段は指先(触覚)です。しかしその手段で伝える情報を工夫することにより、限られた情報伝達手段でも能動的にコミュニケーションに加わっていくことができるということを氏は実体験をもって紹介しています。

    障がいを持つ方々が...というだけでなく、私たちの日常の振る舞いにとって学びが大きい一節だと、読み返してみて改めて感じました。


    本書は福島氏の博士論文を元に書かれた本でやや取っ付きにくいかもしれませんが、冗談も混じる軽快な語り口で書かれていて面白く読めますので、ぜひお手に取ってみていただければ幸いです。また、本書以外にエッセイなどの著作もあります。

    【根本 紘志】

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