2010.02.26

【ylabと私、この1年】頭の中身は人に伝わるか?

みなさま、こんにちは。
メンバーがそれぞれの目線で4月からの1年間を振り返るシリーズ【ylabと私、この1年】第5回目は、修士1年の帯刀菜奈が担当します。

------

2009年4月、武道館での入学式を迎えてから季節が一周しようとしています。

思い起こせば、聖心女子大学に通っていた私が山内研に出会った最初のきっかけは、情報学環の入試説明会でした。
学年横断講義を受けている時にお知らせがあったので、ふらっと参加したのです。
まだ進路も考えていない、学部2年生の春でした。

参加者名簿に記入する時、女子大所属、しかも2年生なんてほかに見当たりません。

場違いなところに来てしまったなぁ、ちょっと参加したら早く帰ろう...と思っていました。
そんな私が工学部の地下会場で目にした情報学環のコース別研究の、なんて個性的でバラバラなこと。
なのに、どの研究も根底に流れているものはなにかつながっていて、太くて深い。
ギラリと光る刃物の先端みたいにゾクゾクさせてくれる。

休憩時間は、パンフレットをめくって...そして見つけたのが山内先生ページでした。
教育工学?学習環境デザインってなんだろう?
ふつふつ湧き上がる「おもしろそう」を抑えられなくて、帰りの電車でも、ずーっと眺めていました。
休日を使っての説明会、すぐに帰ろうと思っていたのに。

3年たった今、念願かなって今年の4月から通いだした山内研での毎日は、めまぐるしく、想像をはるかに超えた忙しさでした。
月を単位に見てみると
ゼミでの研究進捗発表、英語文献輪読。
プロジェクトベースの授業。
U-talkスタッフと、BEATのメールマガジン&セミナーレポート執筆のお仕事を通した山内研コミュニティーへの参加。
学部4年生から在籍する、情報学環教育部の実践的授業の数々。
そして学外では、習い始めて16年目のタップダンス。

実家から通う私は、毎月一度これらのやることが重なると、荷物が多くてカー付きキャリーケースで登校します。
「海外旅行?」って聞かれるけれど、まぁそんな感じ。
何をするにも要領のいいほうではない私にとって、こんなに宿題を抱えて出来るのだろうか...という不安と、
未知の領域へ挑戦してきっと好きなことが見つかるという期待は、
旅に通じるものがあるから。

さて、そんな私がちょこっとだけこの一年、山内研で変わりつつあることがあります。
いままで会話の中で曖昧な返しが多かったのですが、
山内研の研究モードの時に、そうはいかなくなったのです。
簡単にいえば「すごーい」「かわいい」って言って言葉を切るのだけれど
それってなにがすごいの?
どこがかわいいの?
って具体的に伝えることでイメージが共有できるということ。
当たり前のようですが、これがなかなか難しい。

研究発表で先輩方から
「それってたとえばどういうこと?」
誰に何をどう支援したいのか。何回も何回も問われました。
イメージの共有は、たくさんの「突っ込み」に展開し、気付かない視点を教えていただけるのです。おいしいでしょ。

―脱・曖昧―

これが一年の目標にもなり、来年度も引き続き課題となりそうです。
歌にあるけれど「言葉にできない」は、こと研究においては、ナシなのではないでしょうか。

春休みをあければ、いよいよ修士2年生になります。
ガスっと旗を立てて腰を落ち着け課題に向き合う姿勢と
説明会で感じたあのワクワク感を胸に、努力を続けてまいります。

[帯刀 菜奈]

2010.02.18

【ylabと私、この1年】最高の学習環境で、あれもこれも・・・!

みなさま、こんにちは。
メンバーがそれぞれの目線で4月からの1年間を振り返るシリーズ【ylabと私、この1年】第4回目は、修士1年の安斎勇樹が担当します。

------

大学院に進学してから約1年が経ちました。この1年間は、一言で言えば「最高の学習環境で、様々なことにトライした1年」でしょうか。

学部時代からはガラリと生活が変わり、授業、研究、実践など、様々な「新しいコト」が始まりました。

それぞれ、簡単に振り返ってみたいと思います。


■授業
大学院に入ってまず衝撃を受けたのが、「授業のハードさ」と「面白さ」です。

授業のコマ数自体はたいしたことがないのですが、大半の授業がグループワーク中心の実践的な授業のため、授業時間外でかなりの時間ミーティング時間を確保しなければなりません。

例えば、前期に履修した「研究法Ⅲ(山内先生・水越先生)」では、多様な研究室のメンバーとグループを作り、ワークショップを実際にデザインし、広報し、参加者を集め、実際に2回実践→評価する、という授業です。価値観の違うメンバーと協働でWSをデザインするのは初めてで、なかなかHard-funだった記憶があります。※その際に実践したワークショップはこちら

後期の「基礎Ⅲ(同じく山内先生・水越先生)」では、ある大きなテーマに関してグループで「大づかみに調査し、まとめる」という授業です。今年のテーマはサイバーパンク、視聴覚教育、構造主義、東京大学新聞研究所、の4テーマで、それぞれの班が何十冊と書籍や論文をレビューし、まとめました。非常に苦しい過酷な授業でしたが笑、これまた多様な領域のメンバーと協働でレビューをする中で、学問によるパースペクティブの違いや、歴史をおさえる重要性を実感し、自分の「血肉」となった授業でした。

他にも、学習環境デザインに関する理論を元に学びが起こるミュージアムを企画してコンペ形式で発表する「学習環境デザイン論(山内先生)」や、様々な職種の人にインタビューをして熟達化プロセスを理論化する「組織学習システム論(中原先生)」などなど・・・

毎日何かしらのミーティングが入り、とにかくひたすら「忙しい」のですが、実践的で、面白く、深い学びが得られる授業ばかりで驚きました。学部時代はあまり授業に出ていなかったので、こんなに授業に真剣に取り組んだのは初めてかもしれません(笑)


■研究
M1の間は授業だけでも大変なのですが、あくまでメインは「修士研究」ですので、研究もしっかり進めなくてはいけません。特に山内研究室は1ヶ月弱に1回ペース(本当にあっという間!)で研究発表が回ってくるため、気が抜けませんでした(笑)

M1の前半は研究計画も何も無い段階なので、とにかく沢山関心領域をレビューして、「テーマ探し・問題探し」の日々が続きました。ワークショップに関する先行研究はほとんどありませんので、関連しそうな「メタ認知」「リフレクション」「フロー理論」「素朴理論」「変容的学習理論」「自尊感情」「ジグソーメソッド」など、関連文献を沢山読んで、先行研究をレビューしていきました。僕は工学部出身で基礎知識が全く無く、しかもInputよりも実践重視で生きてきたので笑、レビューはなかなか苦労しました。

山内研の特徴は、この段階のレビューを「じっくり」やらせてもらえる点だと思います。もちろん研究は全体のロジックが重要なのですが、M1の前半はロジックを立てるよりも、本当に自分がやりたい研究をするためにたっぷりと文献レビューに時間を使うのです。一見遠回りで気持ちが焦ることもあるのですが、ひとつひとつ丁寧にレビューしたことが徐々に繋がっていき、関心が明確になり、見えている世界が広がっていく感覚でした。

M1の後半は、レビューの量も減り、いよいよ研究計画を立てる段階になります。この時に大事なのは、先行研究から知識を獲得する作業ではなく、先行研究に「書かれていない問題」を引っ張り出してくることです。僕の場合はワークショップの実践経験があるので、過去の実践経験を思い出したり、実践を観察する中で問題や仮説を見つけることをやりました。これがとても難しいのですが、問題や仮説が見えてくると同時に「実践の見え方」も変わり、実践観察が楽しくなっていきます。いま現在は、テーマがほぼ決まったので、これまでのレビューや実践を振り返りながら研究計画や仮説をより精緻化させている段階です。


■実践活動
授業に研究・・で、本当はこれだけでお腹が"破裂寸前"なほど満腹なのですが、欲張りな僕は実践活動も数多くこなしてきました。

学部時代から継続している連続ワークショップ実践「MindsetSchool」も月に1回ペースで実践をしてきましたし、今年は森さんの「EduceCafe」や中原先生の「Learning bar」などにも積極的にスタッフとして関わってきました。

森さんの紹介で、中西紹一さんの広告デザインワークショップや、上田先生と宮田先生の中京大学での3日間のワークショップなどにも関わらせて頂きました。エキスパートの実践にスタッフとして参加出来たのは非常に貴重な経験になりました。

更に、ワークショップ部としても、HappyHour、15の夜ワークショップ、Learning bar-X(インプロWS)サードプレイスコレクション2010など・・あれもこれもとワークショップに留まらない場作りにトライしてきました。

・・・と、振り返ってみると「俺、よく生き延びたなぁ」と思うほど色んなことを経験し、学んだ1年間でした。

そうした「学習活動」は、福武ホールにある研究室や学環コモンズなどの「空間」や、山内研・中原研・助教の方々で構成される「コミュニティ」に大いに支えられているからこそ成り立っています。

振り返ってみて、改めて学習環境の重要性を確認し、恵まれた環境を手に入れたのだなぁと実感しています。

------

さて、もうM1も終わろうとしています。M2になったら、あれもこれも・・はもう終わり。少しでも良い修士研究をするために、研究に力を注ぎます。せっかくの素晴らしい学習環境をフル活用して、良い研究が出来るように頑張りたいと思います。


[安斎 勇樹]

2010.02.15

【エッセイ】韓国の事例から電子教科書を考える

先週、ハンヤン大学のSungho Kwon教授をお迎えして、韓国のDigital TextBookプロジェクトについてお話をうかがいました。クォン先生は韓国教育工学会の元会長でDigital TextBook(以下DT)の学術面でのリーダーでもいらっしゃいます。

Digital TextBookプロジェクトの概要については、英語版Wikipediaにも掲載されていますが、簡単にまとめると以下のようものです。

・2007年開始。2010年現在112校が参加。
・韓国政府および教育省が主導(全額国庫負担)。
・選ばれた教室に一人一台タブレットPCを配置する。
・DTには、教科書、学習資料、ノート、質問、辞書、その他の活動をサポートする機能が内蔵されている。
・学習を個別化し、教師がサポートを行う。
・教科別に企業が受注。
・教員にはマニュアルを配布。研修は無し。優秀校にはアメリカ視察の特典。
・学校のみでの利用。自宅には持って帰れない。

このような利用形態は一般的に"One to One Computing(生徒1人1台のコンピュータ環境)"と呼ばれ、韓国だけでなく、様々な国で実験的に施行されています。

韓国はその中でもプロジェクトを最も大規模に展開している事例ですが、背景に特殊な事情があります。ご存じの方も多いと思いますが、韓国は受験のハードルが非常に高い国で、よい大学に行くために親が塾などに多額の出費をしており、それが払える親とそうでない親の格差が社会的な問題になっています。このプロジェクトは公教育の水準を上げ、地域格差を埋めるための方法として行われているのです。

クォン教授は、この実証実験の学習効果も確認しています。中位から下位の学習者については、DTを使うことによって学習効果が上がることが確認されました。ただ、紙の教科書との比較実験については有意差は出なかったそうです。メディアの変化による直接的な学習効果は限定されており、教員がそれを最大限に活用した授業を行った場合は差が出ますが、サンプルの数が大きくなればその効果もなくなるためであると推測しています。

韓国では今後、タブレットPCからLinuxベースの電子書籍端末に変更した上で、e-bookという名前に変更してプロジェクトを継続するそうです。これに関しては10日前にリリースが出たばかりで、まだ決まっていないことが多いとのことでした。

この韓国の事例は、日本における電子教科書の導入について考える際の貴重な参考資料になります。2009年12月に原口総務大臣は原口ビジョンの中で、2015年に全ての小中学校の児童・生徒に電子教科書を配布するという項目を発表しています。

個人的見解ですが、韓国での実証実験の経過を見る限り、2015年に全ての小中学校の児童・生徒に配布するというスケジュールは拙速であると思います。電子教科書はまだ世界各国で試行段階にあり、その教育的意義も十分明らかになっていません。そのような状況で多額の税金を投入することになれば、社会全体から反発を受け、かえって導入が疎外されることになりかねません。
長期的には、電子書籍の端末は低価格化し、社会で広く使われるようになるでしょう。端末価格が10,000円を切れば、コンテンツ代を足しても義務教育国庫負担金の教科書にかけている費用より安くなる可能性もあります。(ただし、数百万台の巨大システムの構築・メンテナンス費用を念頭においておく必要があります。)
無償で提供し、故障にも交換機が用意できる体制になってはじめて、学校だけではなく、自宅に持って帰って学習するという選択ができます。自宅に持って帰って学習できることになれば、学習時間の延びや、学校教育と自宅学習を連動させることによる質向上が見込めるので、導入によって教育的成果が期待できます。

現在行うべきことは、韓国のように10校から100校程度の実証実験を積み重ね、将来に備えることだと考えます。その意味で、クォン教授がやられた学術的な調査は先駆的かつ極めて重要な意味を持つものです。

[山内 祐平]

2010.02.12

【ylabと私、この1年】返せない感謝!(岡本)


みなさま、こんにちは。
メンバーがそれぞれの目線で4月からの1年間を振り返るシリーズ【ylabと私、この1年】第3回目は、修士2年の岡本絵莉が担当します。

------

修士課程後半の1年間はあっという間でした。
いろいろな出来事をちゃんと振り返るために、今研究室にあるポートフォーリオを見返しながらブログを書いています。
(山内研究室では、ゼミや研究相談の資料を保存・整理する"ポートフォーリオ"が個人ごとにあります。)

まず私は4月の時点で、リサーチ・クエスチョン、そして工学系研究室の対象に質問紙調査をすることは決まっていました。
それを発表した4月のオフライン発表会(学際情報学府の公式行事で、その年度に卒業予定の学生が互いの研究発表してコメントします。)で、多くのコメントをいただけました。
この時、先生方&他の学生の方からのクリティカルな質問はもちろん、「こういうのってどうなん?」「結果に興味あるわー」という感想・コメントも、自分でも意外なくらい嬉しかったのを覚えています。
当然自分が興味あるから研究するのですが、やっぱり他の人にも興味を持っていただけると嬉しい。
自分の研究を知らない人にもちゃんと伝えられるようにしよう、そして、他の人の研究も傾聴できるようになろうと決めました。

5月、6月は辛かったです。
調査対象の研究室のスケジュールを考慮し、7月に調査をしたいと決めていたのですが、肝心の質問紙づくりが進まない...。
この時は、研究室という調査対象と、理論的な枠組みをかみ合わせられず、具体的な調査項目をどう作れば良いのかが分かりませんでした。
研究室で考えていて分からなくなり、もやもやを整理できないまま研究相談に臨んでしまったり、帰ろうとしているところを「2分だけ」と引きとめて結局数時間相談に乗っていただいたり、思い出せば申し訳ないことだらけですが、特にこの時期研究の面倒を見てくださった助教の北村智さんに本当にお世話になりました。
あとは、研究室の皆様には(いつものことですが)ゼミで丁寧なコメントをいただき、京都大学や山形大学の工学系の先生・学生の皆様にも質問紙の一字一句をチェックしていただきました。
こうしたことがあって、この時期は、「私は理論的なこともよく知らないし、研究手法についても素人だし、いろんな人に迷惑をかけてばっかりだなあ...」と気持ちが停滞気味でした。
たぶんいろいろな方にこうしたことを話していたと思うのですが、おかげで、結局「自分ができることをがんばるしかない」と思えるようになりました。
また、この時期があったおかげで、「もし自分が誰かに何かを"教える"という関係になった時には、こんな風にふるまいたい」というあり方をたくさん知ることできました。

7月はいよいよ調査を開始!
私の調査は研究室単位では対象は約200ですが、個人単位では約3000の規模になりました。
大量の紙や封筒を運び、印刷し、仕分け、ホッチキスどめして、宛名印刷して、封筒につめ、発送するという一連の流れをやってみて、データを取るってこんなに大変なことなんだと実感しました。
それと同時に、同級生や後輩に発送作業を手伝ってもらったり、手続きで事務の方々にお世話になったり、いろいろな方の協力の上に研究は成り立っていることが理解できました。
今後機会があれば、他の人の研究にもいろんな形で協力しようということを決めた時期でした。

8月、9月はデータ入力&分析準備一色でした。
ほぼ毎日のように貴重なデータの入った封筒が返送されてきて、そのたびに「バンザイ!ありがとうございます!」の気持ちでした。
それと並行して、約800人の回答結果の入力作業を行いつつ、調査研究することの意味をかみしめました。
データ入力終了を報告した時の、北村さん含めスタッフの方々の「おつかれさま!」が忘れられません。

10月に入ると、データの整理や分析方針の決定も固まり、本格的な分析に入りました。
この12月に最後の分析を終えるまでずっとですが、統計に苦手意識があり2回の挫折経験がある私が、統計的な手法でデータを分析することを面白いと思うことができました。
また、仮説を検証するというより探索的な調査研究であったため、落としどころが自分でもイメージできず苦しい時も、調査に協力してくださった&結果を報告したい工学系研究室の皆様のおかげでがんばることができました。
11月以降は執筆も本格的に始まりました。
研究室内外の皆様に励ましていただき、心も体も健康に修士論文を書くことができました。
研究室の忘年会(手巻き寿司パーティ)での、後輩の「先輩がお腹痛くなったらダメなので」というもろもろの配慮に感動しました。

直接のお返しができない感謝(と恐縮)がもりだくさんの1年でした。

------

修士論文を無事提出し、先日口述審査も終了しました。
ものとしての修士論文に書けたことの100倍くらい、多くのことを経験し、学ぶことができました。
その中で、このブログでは書ききれないいろいろな方にお世話になりました。
特に、日々の研究でお忙しい中調査に協力してくださった全国の研究室の皆様には心より感謝申し上げます。
そして上に書いたこと全部と書ききれないことを含むすてきな学習環境を与えてくださった山内先生、ありがとうございました。

修士課程卒業後も、研究という形ではありませんが、大好きな大学と研究者の近くでがんばっていきたいと思います。
皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

2010.02.09

【エッセイ】どうして日本人は質問しなくなるのか

日本では、大学の大人数講義で「質問はありますか?」と聞いて手をあげる学生はほとんどいません。たまに手をあげる学生がいると、好奇の目で見られます。
これは世界共通の現象ではなく、欧米では多くの学生が積極的に質問するのが普通です。
不思議なことに日本の小学校の授業では活発な質疑応答があり、グループ学習でも議論がもりあがりますが、中学校に入ると、ぴたっと誰も質問をしなくなります。
限られた経験からではありますが、欧米の学校では、むしろ小学校の方が静かで、中学校・高校と進むに従ってしっかり自分の意見を言う学生が増えるように思います。
だからといって日本の学生が考えていないわけではなく、その証拠にレポートを書かせると非常によく練られたものが提出されて舌を巻くことがあります。このような文化差はどちらが優れているというものではありませんが、協調学習やワークショップなどを考える上で、重要な条件としてあらわれてきます。

このような傾向がどこから由来しているのかについて、現在の研究で決定的な説明はありません。ここでは仮説レベルで検討してみたいと思います。

・社会に埋め込まれた文化的コード
日本社会においては、「目立つことや人と違うこと」を「恥ずかしいこと」であると解釈する文化的コードが存在しています。このことが歴史的にどう形成されてきたかは議論の余地がありますが、現状そうなっていることに疑義はありません。

・自己概念の発達と社会との関係性構築
中学校に変わるタイミングでの変化ということから、自己概念の発達が何らかの役割を果たしていることも推測できます。自己概念を形成する際には社会の中での自分の位置づけも意識せざるをえなくなりますので、その際にさきほどの文化的コードが内面化されるということも考えられます。

・学校教育の影響
ただ、自己概念の発達だけが要因なのであれば、中学校に入って「一気に」変わることの説明がつきません。発達には個人差があるので、全員が一斉に変化するのは不自然です。中学校に入る際に、複数の小学校から合流し、いったん人間関係がリセットされる際に、中学校独自の文化的コードが内面化されている可能性もあります。

仕事柄小学校や中学校の先生方に研修の機会を持つこともあるのですが、おもしろいのは先生も学生と同様の反応をすることです。40人を相手にして「質問はありますか?」と聞くと手があがることはほとんどないのですが、ワークショップ形式にして4人で話をしてもらうと、制止しても止まらないほど議論がもりあがります。

このようなことから、小学校6年間グループで話し合う経験から、小集団(特に4人)までのコミュニケーションスキルは発達するが、中学校・高等学校の6年間相互作用が活発でない授業を受けている間に、質問することは恥ずかしいという文化的コードが内面化された結果が大学の授業に現れているのではないかと考えています。

[山内 祐平]

2010.02.05

【ylabと私、この1年】やりながら考えること(大城)

皆様、こんにちは。
メンバーがそれぞれの目線で4月からの1年間を振り返るシリーズ【ylabと私、この1年】第2回はM2の大城がお送りいたします。

------

修士1年の間、私は「大学生」「講義」「ノートテイキング」というキーワードにこだわり、先行研究の調査を行いました。そのうちに、バックチャネルという、学会等のプレゼンテーションの裏で行われる、聴講者間や聴講者―発表者間のコミュニケーションの存在を知り、大学講義でのバックチャネルの利用に関心が移って行きました。

修士2年の4月の段階で、研究タイトルは「大学の講義型授業においてデジタルバックチャネルの利用を学習に結びつける方法の提案」となりました。そして、ここから「バックチャネル」と「ノートテイキング」とが混在したまま迷走する日々が続きました。

今年1年を振り返って最もまずかったな、と思うことは、「まず試しにやってみる」ということに対するフットワークの"重さ"です。

フットワークが軽い例を出すと、たとえば同じく修士2年の池尻さんの場合は、カードゲーム教材を作っては、身の回りの学生、あるいは対象である高校生に実際に使ってみてもらってフィードバックをもらい、教材を作り直すということを、かなり早い段階から何度も何度も繰り返していました。

私の場合、実際に模擬講義のコンテンツを作って、周りの仲間に頼んで協同ノートテイキングなりバックチャネルなりを試してもらい、自分がノートテイキングやバックチャネルでやりたいこと、実際にできること、できないことを、1つ1つはっきりさせていくべきだったのですが、なかなか腰を上げられずにいました。試しの段階なので、「まずやってみる」ということが一番大事な時期だったのに、勝手に「難しい」と思ってハードルを高くしていたのは自分の頭の固さだったと、今は思います。

時間はどんどん無くなっていって焦る。でも、どうにも足を踏み出せない。そうしてまた時間が無くなっていく。そんな時、山内先生はずっと「立ち止まって考えてはいけない。やりながら考えること。」とアドバイスしつづけてくださいました。

「やりながら考えること」

これは、この1年で最も印象に残っているアドバイスの1つです。特に、修論提出まで2か月を切った時点での本実験の前後は、ずっと頭の中を回り続けていた言葉でした。

実験で用いるシステムにしても、模擬講義の内容にしても、文字通り「やってみて初めて分かること」がたくさんありました。

たとえば、3回行ったプレ実験のうち1回では、ありがたいことに実際に大学の授業で、既存のオンラインワープロを使って受講者にノートをとってもらうという取り組みをさせていただけたのですが、システムトラブルで受講者のほとんどすべてのノートの保存に失敗するというショックな出来事もありました。自分の準備や下調べが足りなかったことで、実験がうまくいかなかったことに悔しさを感じる以上に、受講者の書いたものが失われてしまったことに対しては、本当に申し訳なく思いました。結局、実験で使用するシステムを変更するという大幅な方針転換を決めました。

また、3回のプレ実験では、全て異なる分野・内容の講義を使って実験を行いましたが、参加者の専攻や背景知識を考慮しながら実験に用いる講義内容を検討することの難しさを感じました。最終的には、プレ実験の1つで用いたテーマ「インストラクショナルデザイン」を本実験で採用することに決めました。

このように、次の方針を決める時に、その決め手になるのは、「やってみてわかったこと」でした。文献調査はもちろん大事ですが、実際にやってみてわかる手ごたえは、それに負けないものだということを強く感じました。

これからは、もっとチャレンジ精神を持って「まずやってみる。やりながら考える」ということを実行していきたいと思います。

------

先月、「講義における外的関連づけを支援する協同ノートテイキング方法に関する検討」というタイトルで修士論文を執筆することができました。
実験参加にご協力いただいた学生の皆様、研究相談に乗っていただいた先生方、研究室の皆様に心より御礼を申し上げます。

[大城 明緒]

2010.02.02

【エッセイ】マニュアル作成の教育的意義

昨日、冬学期の教育部授業「ワークショップのファシリテーション」が終了しました。この授業は、学部生を対象として、情報学環・福武ホールで開催されている子ども向けワークショップ (CAMP主催 クリケットワークショップ) にファシリテータとして参加することによってファシテーションに関する考え方や実践的スキルを学習することをねらいにしています。

授業は、CAMPの人材育成プログラム「あちこちCAMP」とコラボレーションする形で展開され、ファシリテーターマニュアルを参照しながら、実践を行う形で進みました。

今年は新しい試みとして、CAMPで作成・提供しているオフィシャルマニュアルに「追補版」を作るという活動を最後に組み込みました。

マニュアルは通常、「状況Aにおいて、主体Bが、行動Cを為す」という命題で記述されます。ワークショップやファシリテーションにおいては、Aの状況判断とCの具体的行動が難しいことはわかっており、その選択肢を増やす活動によってリフレクションをはかるというのがもともとのカリキュラム構成の意図でした。
しかし、昨日行われたCAMPファシリテータへの発表会で興味深かったのは、「主体B」によってAとCのリアリティが違うことから、ファシリテーションに関する本質的な議論が誘発されたことでした。例えば、「子どもがプログラミングに対して援助を求めてきたとき、方法がわからなかったらどう対応するか」という論点については、ファシリテータの専門性はプログラミングではないので、わからないと言って一緒に考えるというスタンスと、なんらかの支援ができるように、事前に準備しておくべきだというスタンスの違いがそれにあたります。

主体Bが熟練者であるか、初心者によっても違いがありますが、同じ熟練者でも立場や信念によって微妙な差があります。マニュアルを制作し検討するという活動は、ワークショップの普及やマネジメントにとって重要であると同時に、暗黙知を可視化することによってファシリテーションの本質をあぶりだす教育的に価値ある活動であることを実感しました。

最後になりましたが、ご協力いただいたCSKホールディングスの田村さん、北川さんCAMPファシリテータの村田さん、内記さん、増田さん、大学院生の森さんにお礼申し上げます。

[山内 祐平]

PAGE TOP