2009.08.31

【エッセイ】幸福を善意の行動につなげる

ウェブ上には、Q&Aコミュニティやオープンソースによる情報提供など、人々の善意を基盤とした学習支援の仕組みがたくさんあります。このような善意による寄附のシステムはどのようにして維持されているのでしょうか。
この問題を考える上で興味深いレポートが、Harvard Business Schoolから出されました。

Feeling Good about Giving: The Benefits (and Costs) of Self-Interested Charitable Behavior.

http://www.hbs.edu/research/pdf/10-012.pdf

この報告書では、善意の寄附による行為が発生し持続するメカニズムについて、著者らの研究を含めた様々な領域の実証研究のレビューから明らかにしています。

要点をまとめますと、以下のようになります。

1)自分のことを幸福だと感じている人はより慈善的行為を行う傾向があり、慈善的行為を行うことは、幸福だと感じるレベルを引き上げる。このふたつはポジティブフィードバックの関係にある。

2)慈善的行為に対して、金銭や記念品を贈る等のインセンティブを与えることは、寄付行為に対する長期的な意欲を損なう恐れがある。感情的な利得(より幸福になった)などを意識化させるやり方であれば、意欲は減衰しない。

これらの知見は内発的動機付け/外発的動機付けの理論とも類似した構造を持っており、興味深いものです。

善意の行動を持続させるための鍵は、"Happiness(幸福感)"にありそうです。人間の根本にあるこの感情を善意の行動につなげることは、社会を変革する鍵になるかもしれません。

[山内 祐平]

2009.08.28

【山内祐平のゼミズバッ!】大学院生の「いま」に目を向ける

院生の研究テーマに関連して、山内先生に研究のトレンドをインタビューする【山内祐平のゼミズバッ!】第5回は修士1年の帯刀がお送りします。
中高生がどのようにしたら教科に興味を持ち、かつ実力を伸ばすことができるのか。このような研究に関心を寄せる私は、今回学びの場を大学院に移して「学生の過去と現在の研究スタイル」という切り口からお話を伺ってまいりました。研究を志す学生のみなさまに向けた貴重なメッセージも収録!!それではさっそくまいりましょう。
―――
【帯刀】
大学院生時代は、どのような研究生活を送っていらっしゃいましたか?
【山内先生】
私は、大阪大学大学院の教育技術学研究室というところで水越敏行教授のもと研究をしていました。修士論文は、金沢と大阪の小学校に協力を仰ぎ、自分が作ったシステムを授業で使ってもらって評価するという研究を扱いました。
この研究室、何かのプロジェクトに携わった場合に、院生がチームを組んでどこかの学校にごそっと出かけていくことがしばしばあったのです。例えば、金沢の小学校に毎月7,8回も通っては泊まりこむ...そういう生活をしていましたね。フィールドワークというほど本格的なものは院生のときはまだやっていませんでしたけれど、いろんな学校に行って授業を見たり研究したり手伝ったりしていました。
【帯刀】
ご自分の学生生活と、現在の学生と比べて違いはありますか?
【山内先生】
(山内研において)今は割と学生自身の興味にまかせて出かけて現場の話を聞いてくるという形をとっていますが、私の院生の時は行く場所が強制的に決まっていたのです。
これはなかなか画期的でした。強制的に行くということは、先生も含め皆で行くということですから、同じ対象を皆が見ることになります。色々な見方ができるという良い点があるわけです。
今の私の研究室の学生を見てみると、ワークショップに興味のある人が2,3人で一緒にワークショップ実践を見に行くということはあるにせよ、学年を超えて皆で1つのものを見るという機会はほとんどありませんよね。そういう意味では、研究室の半分ぐらいがごっそり金沢に行くというような経験をした私の院生時代と現在の学生では、ちょっと違うかなと思うのです。
一方で現在のようなやり方をとると、学生の数だけアンテナが立つので情報を広く捉えることが出来るようです。(最近山内研では)ワークショップを見ている学生もいれば、歴史の授業を見ている学生や、研究室を見ている学生もいますね。情報の幅広さという面では私の研究生活とは比較にならないくらいありますよ、今のほうが。
色々な人が色々な所に行って、色々な情報をとってくるので、研究として見えている範囲は以前に比べてはるかに広くなってきたといえます。そういう意味では、善し悪しあって、どちらがいいとは一概に言えないわけですが。
【帯刀】
研究に携わる学生に向けてメッセ―ジをお願いいたします。
【山内先生】
研究を形にするには2つしかポイントがないのです。
ひとつは「人がやっていない新しいことをやる」ということ。もうひとつは「本当にやっていることがあっているのか、誰でも納得できる」ということ。つまり新規性と妥当性、この2つにつきるのです。
妥当性は、もう頑張って勉強するしかありません。どんな研究の方法を使えばいいかとか、ゼミでディスカッションすることでカバーできますよね。
問題は「新しさをどこに出すか」という部分で、研究を志す人が一番苦労するところなのです。自分がやろうとしている研究は新しいことなのか、本を読んだり論文を調べたりしないと確認はできません。ですからレビューはとても大事。でも新しさって、「こういうことがやりたい」とか「こういうことが出来れば素敵なことが起こるはずだ」というインスピレーションみたいなものがベースにないとなかなか生まれないんですよ。
この2つのポイントは、片方備えていれば良いというものではなく、どちらもなくてはなりません。きちんと文献で調べた上で、自分が持っているインスピレーションとの相互作用というか往復運動...そういうものを上手に出来るようになると研究を楽しめるようになると思います。
―――
今回は大学院生の研究スタイルについて山内先生ご自身の研究生活をもとにお話しいただきました。
先生の学生時代には、開発なさったシステムが授業実践の前日までうまく動かないということも少なくなかったそうです。その度に心臓が痛くなるけれど、思考錯誤して乗り越えられた時、やりがいとHard-Fun(苦楽しい)を感じられたとのこと。
様々な領域の研究において、トレンドを生み出していく次世代の研究者を目指す学生のみなさま、きっと「素敵なことが起こる」と信じてチャレンジングな研究生活を送ってみませんか。

[帯刀 菜奈]

2009.08.24

【エッセイ】オンライン学習の効果

オンラインで学習すること自体は特別なことではなくなりましたが、未だに対面学習に比べて効果を疑問視する声があるようです。
先日アメリカ合衆国教育省から出された報告書は、こうした疑問に答える研究レビューになっています。

http://www.ed.gov/rschstat/eval/tech/evidence-based-practices/finalreport.pdf

報告書のExecutive Summaryから主要な知見を引用します。

・対面状況よりも、一部または全てオンライン学習を受講した学生の方が成績が高い。
・オンラインと対面を組み合わせた教授は、対面だけ、オンラインだけよりも効果が高い。
・オンラインが対面よりも効果が高い理由は、学習時間が延びたからである。
・効果は内容や学習者の特性に依存しない。

オンライン学習の効果が確認されたことも大きいですが、その主要因が学習時間であるという知見は、今後の教育システム開発に大きな影響を与えそうです。より学習時間を担保するために、学習文脈をどう作るかということが課題になるでしょう。

[山内 祐平]

2009.08.20

【山内祐平のゼミズバッ!】創造性教育研究はこれからどうなるのか?

院生の研究テーマに関連して、山内先生に研究のトレンドをインタビューする【山内祐平のゼミズバッ!】第4回は修士1年の安斎がお送りします。

僕は「ワークショップにおける学び」を研究テーマにしているのですが、ワークショップのような自由で創造的な学びのスタイルには近年注目が集まってきています。そこで、今回は思い切って「創造性教育」の未来について山内先生にインタビューしてみました。

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【安斎】
創造性教育はこれからどうなっていくのでしょうか?

【山内先生】
これまで創造性を育てる実践は沢山ありましたが、それは一般的な教育とは切り離された「特殊な教育」として考えられてきました。しかし、これからは、「全ての教育の一側面」として創造性教育がなされていくと思います。今までに無い価値を生み出すためのスキルや知識の教育として、あらゆる教育が創造性教育として統合されていくはずです。これはワークショップだけではなく、大学教育でも重要視されていくでしょうね。つまり、いきなり「創造性」というのは対象が大きすぎるので、他の何かを創造性の一つの表出形態として捉えていくのです。

例えば、ここ最近「考える力」などの高次思考の研究が流行しましたよね。これは従来の教育では教えられなかったもので、「良い先生にあたれば、先生とのインタラクションの中で磨けるもの」でしたが、今後は創造性の基礎として、高次思考が教育されるようになるでしょう。例えば「課題発見」というのも創造性の一種ですよね。課題を発見するというプロセスは、課題解決に比べて遥かに創造的なプロセスで、簡単に記述が出来るものではありません。あるいは、例えば、コミュニケーションの教育の中でも、他者とのインタラクションの中で創発的なコミュニケーションが起きていれば、それは創造性の一つの表出形態として捉えることが出来るでしょう。

このように、教育者たちが「創造性教育」と捉えていなかったものが、気付けば創造性教育として統合されていく。そういうことが今後、同時多発的に世界中で起こっていくと思います。

【安斎】
なるほど。確かにそうして実践は増えていくかもしれませんが、創造性教育を研究していく上では「評価」の問題がつきまとうと思います。何らかの教育を施して、事前事後の評価をすることで創造性の評価は出来るのでしょうか。

【山内先生】
創造性を、創発を生み出すための能力や行動要因として定義してしまうと、評価は難しくなると思います。私は、そもそも創造性は「神話」だと考えています。ここ1000年くらいの創造性研究を見ると、私たちは個人の頭の中に創造性というものがあるものとして考えてきました。しかし「創造性」という本来は目に見えないものが、個人の中に実在すると仮定してしまうと、どうしてもそれを測りたくなるし、測らなくてはいけないと思ってしまう。そう考えている限り、研究にはなりません。目に見えない創造性を測るのではなく、観察可能な創造的行為や作品を測るという立場に立てば、この宗教問題は回避することが出来ます。例えばどのような社会的ネットワークが創造的プロセスを支えているか、ということであれば研究することが出来ますね。逆に言えば、そこまでのレベルに落とし込まなければ研究は出来ないということです。しかし、こうしたところから研究していくことが現実的であり、価値のあることだと思います。

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評価の問題は、研究をする上でも実践をする上でも非常に重要な問題です。学力や点数の向上であれば数値で評価することが出来ますが、創造性のように目に見えないものはなかなか可視化することが出来ません。しかし、そこで「だから評価は出来ないんだ」「研究するのは難しい」と考えるのではなく、評価が可能になるように「視点を変えること」が重要なのだと感じました。これは創造性教育に限った話ではありませんね。これからの教育を発展させるためにも、創造的な視点を持って研究していくことが大事なのかもしれません。


[安斎 勇樹]

2009.08.13

【山内祐平のゼミズバッ!】教育研究はどこまで、何をできるのか?すべきなのか?


院生の研究テーマに関連して、山内先生に研究のトレンドをインタビューする【山内祐平のゼミズバッ!】第3回は修士2年の岡本がお送りします。

私の研究対象である大学研究室しかり、最近研究に取り組んでいる人が多いワークショップしかり、学校制度の中で行われるもの以外の教育や学習についての研究も、本当に多いなあという印象があります.
そこで、少し大きな話になりますが、教育の研究の範囲について質問をぶつけてみました.

【岡本(以下、岡)】将来、教育の研究は、どこまで何を扱うようになるのでしょうか?

【先生】そうですね、これから述べるのは僕の個人的見解だ、ということを断っておきます.
 「教育」には、学校と密着しているイメージがあると思いますが、それは、産業革命が起こり、均質な労働者を社会に供給する必要からでてきた近代の所産です.近代の教育というのは、近代を支える制度であり、近代の結晶なのです.ところが、情報革命によって近代が根本から揺り動かされ、狭義の教育に収まらないもの、制度的にカリキュラムで教えられるもの以外の「隠されていた学び」が、表に出ないとやっていけなくなってきました.
 社会人として自分が示すパフォーマンスのうち、学校で教えられたことは基盤の部分では大きな役割を果たしています。ですが、自分がいろいろな部分で学んだことや、人との出会いや対話の中で学んだことが果たす役割の方が、むしろ大きいということは、考えてみたら分かるかと思います。
 僕は、基本的には学習は教育に先行すると思っています.教育は、いろんなところで起こっている学習の一部を組織化して、行われている.これからも教育がなくなることはないと思いますが、「教育」だけでは社会を支えきれなくなっている.いろんなところで起こる学習を加速する方向に行かないと、ダメなんじゃないかと思っています.

【岡】その時に、教育学者や教育実践者が、いろんなところで起きている学習のどれをとりあげて加速させるべきかをどうやって決めたらいいのかが気になります.

【先生】それは誰かが決めることじゃなくて、民主的に意思決定されるべきことだと思います。自分が勝手にボランティアでやって...のであれば、社会的に意思決定する必要もないし、やればいいって話ですけど、例えば税金を投入するとか、ある種の社会的認知を得る時には、それが有意義か決めるのは、研究者だけでも実践者だけでもない。そこに関わるあらゆる人が、民主的に意思決定するべきことです.その中で研究者が調整的な役割を果たすことは、もちろんあり得ると思いますけど.

【岡】今「こういう力が大事」ということが民主的に決められたとしても、それが将来変わる、ということもあり得るかなと思うのですが、いかがでしょうか。

【先生】意思決定の素材を、きちんと示すのがわれわれ研究者の役目のひとつではある、と思いますね.未来を特異的に見通せる人もいると思うのですが、納得しないと社会は動かない.だからみんなが納得して動くためには、情報を提示した上で、みんなで決めなければならない.そのためにたぶん大学があって、大学の人は、50年先とか30年先のことを考えることを許された存在です.ある意味そういうことのためにお金を投下されてるのだから、10年先や20年先の予想を示す役割を、我々は責務として担っています.

【岡】ありがとうございました.

教え、学ぶということ自体は人間の生活に埋め込まれている一方で、学校制度として社会的に成り立っている部分も確かにあります。教育や学習について研究する際には、こうしたことについての自分のスタンスについて考える必要があると思いました。
私の研究は、大学という制度の中での、インフォーマルな営みということなのだと思います。そこにどんな問題がひそみ、私に何ができるのか...考え続けながら、研究をしていきたいと思います。

[岡本 絵莉]

2009.08.11

【エッセイ】アーリーアダプター

知り合いでTwitterをしている人が増えてきたので、私も始めました。5月ぐらいからユーザーが増えている感じがあったのですが、この3ヶ月でイノベーターからアーリーアダプターに確実に広がっているようです。

イノベーターやアーリーアダプターという概念は、ロジャース(1962)がその著"Diffusion of Innovations"で提唱したもので、技術革新の普及が以下の順に広がっていくというものです。

■イノベーター(革新的採用者)2.5%
冒険的で、最初にイノベーションを採用する
■アーリーアダプター(初期採用者)13.5%
自ら情報を集め、判断を行う。多数採用者から尊敬を受ける
■アーリーマジョリティ(初期多数採用者)34%
比較的慎重で、初期採用者に相談するなどして追随的な採用行動を行う
■レイトマジョリティ(後期多数採用者)34%
うたぐり深く、世の中の普及状況を見て模倣的に採用する
■ラガード(採用遅滞者)16%
最も保守的・伝統的で、最後に採用する
@IT情報マネジメント用語事典より引用)

この理論は広く利用されていますが、その中に、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間に深い溝があり、そこを乗り越えられれば一気に普及するが、乗り越えられない場合も多いというキャズム論があります。

学習におけるイノベーションにも同様の現象が見られます。研究者は主にアーリーアダプターに属しており、実践家の多くはアーリーマジョリティに属しています。研究者が変革の可能性を認識するだけで研究を開始できるのに対し、実践家は、自分の実践の付加価値を確実に向上できるという確信がないとイノベーションを導入しません。

この深い溝を乗り越えられるかどうかが、研究が社会に貢献できるかどうかのポイントになります。万能解はないでしょうが、この問題について考えていきたいと思っています。

[山内 祐平]

2009.08.08

【山内祐平のゼミズバッ!】教育学は未来を対象にできるか?


院生の研究テーマに関連して、山内先生に研究のトレンドをインタビューする【山内祐平のゼミズバッ!】第2回は修士2年の池尻がお送りします。

僕は現在、高校生を対象に、歴史を現代に活かすためのカードゲーム教材を作っています。
内容としては、歴史上の社会的な問題の因果関係を、現在から未来の因果関係と重ね合わせることで、現在を歴史のような多面的で高い視点から捉えて、より良い未来への道を予測してもらおうというものです。

研究では「歴史」をテーマに教材を作っていますが、僕は「今」や「未来」に活きる力の育成に非常に興味があって、最終的にはある時代の子供達が大人になった時点で役に立つ能力を育成できる教育形態を作り出したいと思っています。

そこで、今回は山内先生に「未来」を射程に入れた教育研究の可能性についてお聞きしました。

---
池尻
「未来で役に立つ力を育成するという教育研究はそもそも可能なのでしょうか?」

山内先生
「一番難しいのは評価です。例えば、高校生を相手にした研究として、○年先の社会に対応した能力を身につけさせる教育プログラムを考案して実施しましたといっても、本当にそれがちゃんと役に立ったかどうかは○年先にならないと検証できませんよね。だから、長期の未来を対象にするのは難しいと思います。」

池尻
「シミュレータを使って○年先の社会を予測して検証するというのも無理でしょうか?」

山内先生
「政治学の分野ではよくやられていますが、こういう人が出会ったら原理的に何が起きるかといった、モデルのシミュレーションはすでにできています。ただ、現実の社会のシミュレーションはあまりにも複雑すぎて、今のところ社会科学の範囲には入っていません。だから、パラメータを入力して現在の社会をシミュレータにかけても、何かしら結果は出ますが、おそらく未来の社会とは異なるでしょう。そうすると検証にも使えません。」

池尻
「では、どのくらい先なら可能なのでしょうか?」

山内先生
「5年先くらいなら可能だと思います。というのも、5年前から今までの間に、社会で何か波があるというのがわかれば、これから5年先の社会もその波に沿って大体どうなるかの予測がつくからです。非連続なものを予測するのは難しいですが、このように連続したものなら、妥当性も上がります。それでも5年間継続して研究できるチームが必要なのでハードルは高いと思いますが、現在の社会で役に立つ教育をしても、5年経つと一部はもう重視されなくなるというのはあると思います。だから今後は、現在から10年先くらいのことを見据えて、それに対応する能力を身に付けさせるのは非常に重要になると思いますし、必ず誰かがやらなければいけなくなると思います。」

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うーん、なるほど。確かに、10年先を予想してぴったり役に立つ教育をされた人と、10年先ではなくその時役に立つ教育しかされなかった人がいるとすれば、必ず前者の方が将来活躍しますよね。

山内先生も言われた通り、5年先なら現在の傾向を分析することで、ある程度将来役に立つ能力をぴったり合わせられる夢の教育ができるかもしれません。今後、教育の研究で現在から5年先の未来にかけての傾向を予測する分析手法が色々と試され、その精度が高まっていけばいいなと思います。

どの程度貢献できるかはわかりませんが、僕も歴史の因果関係を利用するというアプローチから、未来を読む手法に一役買うことができるよう、頑張っていきたいと思います!

[池尻 良平]

2009.08.04

【エッセイ】持続のための仕組み

先日福武会長がホールに来られた際に、よろしくといって一枚のカードを渡されました。
そのカードには、福武会長も支援されている「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ2009」サポートサイトのアドレスが書いてありました。

越後妻有サポートサイト
http://www.echigo-tsumari.net/
- 心が動けば、大地も動く -

このサイトでは、ふるさと納税を利用して、大地の芸術祭に寄附ができるようになっています。寄附対象も好きなアートや芸術祭全体を選ぶことができます。
私もやってみましたが、クレジットカードがあれば簡単に寄附ができます。その後SNSへのおさそいも来ました。

大地の芸術祭は、アートイベントを越え、地域の再生と人びとの出会いを実現する社会システムになりつつあります。このような価値ある試みを持続するためにはさまざまな努力が必要になりますが、経済的なサポートも最も重要な支援のひとつです。このような仕組みが学習も含め社会変革的な領域全体に広がるとよいと思いました。

[山内 祐平]

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