2009.05.26

【エッセイ】未来への繭

先日、取材で公立はこだて未来大学を訪問しました。はこだて未来大学は2000年に開学した情報系単科大学で、開放的な建築をベースにした学習環境で知られています。

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お世話になった美馬のゆりさんは、「未来の学びをデザインする」(東京大学出版会)の共著者です。4年ぶりの訪問でしたが、教員研究室の前にあるオープンスペースに常駐型の机が置かれるようになり、以前より人が増えたようです。学生がいきいきと活動している姿が印象的でした。

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この学習空間をカリキュラム的にささえているのがプロジェクト学習です。美馬のゆりさんが今年関わっているプロジェクトは、「はこだて国際科学祭」。学生はこの科学祭にかかわる様々なデザイン(ロゴ・ウェブサイト・イベントなど)を担当する中でコミュニケーションデザインに関するスキルを身につけていきます。

夕方に外から見ると、吹き抜けの建物の中で学生が活動している様子が照明の中に浮かび上がります。楽しそうな学生たちを眺めながら、ふと「繭」という言葉が頭に浮かびました。ひとりひとりが、やわらかな空間の中で羽化を待っているようです。そういう居心地の良さが、学習空間の一番基本的な部分なのかもしれません。

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[山内 祐平]

2009.05.25

【今年の研究計画】問いかけ・協同・理解をつなぐ支援とは


みなさまこんにちわ。

【今年の研究計画】シリーズ第7回はM1の伏木田稚子(ふしきだわかこ)がお送りします。
自分に問いかけながら,そこにある壁と超えたい壁という視点でまとめてみました。


◆ 自分への問いと応え

「わからないことがわからない」とはどういうことか。どうすれば,「わからないことがわかる」ようになるのか。
教育を幅広くとらえ,多種多様な視点から学習を考えていきたいという私の気持ちを支えているのが,この2つの問題意識です。
学生としての自分自身の経験だけでなく,予備校バイトや教育実習などを通して感じたのは,どうすれば多くの人がわかる楽しさに気付き,積極的に学びを進めていくことができるのかということでした。
様々な先行研究をじっくりとレビューしながら,この素朴な疑問についてより深くより広く考えていくことが,当面の私の目標であり課題だと考えています。


◆ 向き合う壁

「わかること」「わからないこと」について現時点で把握できているのは,研究をする上で問題の切り取りがとても難しいということです。
そもそも,「わかる」と「理解」は区別が必要だと主張する研究者もいれば,思考の結果全体を理解として捉えた研究も数多くあります。
さらに,理解は手続き理解と意味内容の理解の2つから成るという定義がある一方で,理解は知識の網の目の拡大であるという見解も示されています。
このように理解に関する研究は多岐に渡るため,直接的に「理解」に切り込んでいくのは,容易でないことが予想されます。
そこで,何か別の視点を導入し,理解と背中合わせにある別事象を追究することで,最終的に「理解」へと戻ることができればと考えています。


◆ 乗り越える壁

学習理論をはじめとする認知プロセスから切り込んでいくか,それとも,他者との関わりを軸とする協同ベースの活動に焦点を当てるか。
しばらくは問題の切り取り方を模索する日々が続きますが,私の興味は,理論の発見や検証ではなく,いかに日常生活に適用していくかというところにあることだけはクリアです。
例えば,私が日々大切にしている「問いかけ」をキーワードに,理解を支援しうる活動や学習の環境を提案できればと思っています。


***

これからの2年間,大切にしたいのは,自分の心を占めているキラキラしたものです。
今は...

◇ 人を笑顔にする場と空間のデザイン ◇

どういう瞬間に楽しいと感じ,うれしさ・幸せに満たされるのか。
日々の暮らし,環境,学びなど,広く深く考えていけたら幸せです。
まだまだふわりとしていますが,研究をはじめとする私自身の学びにおいて,大きくモノゴトをとらえていけたらと思っています。

2009.05.17

【今年の研究計画】文化的適応のための異国者同士によるペア協働的語学学習に関する研究

みなさま、こんにちは

四月より修士課程一年生として進学してきた、程琳(テイ・リン)と申します。

【今年の研究計画】シリーズ第6回は、M1の程がお送りいたします。

私のやりたい研究とは、
母語と国籍の異なる人たちがペアを組んで、両言語を用いながら、学習するという場面において、学習意欲や学習効果に影響を及ぼす要因をはっきりさせたい、そして、できれば、それからもう一歩先に考えると、こういう学習をより有効にさせるパターンの提案もしたいです。

一方、活性化を目指す第二言語習得の支援法に関する研究として、1960年代のイマージョン・プログラム(没入法)から、近年CSCL(Computer Supported Collaborative Learning)など、コミュニケーション重視の研究は絶えず注目を浴びています。

ところで、私の研究とはと聞かれるとき、どうも一言で自分のやりたい対象がうまく言えないといつも痛感しながらも、やはり、この対面的な、協働的なペア学習のケースを、自分の研究テーマとして取り上げたいと、そこだけがずっと変わっていません。

さて、どうして、こんなにこだわっているのかといいますと...
私は、大学時代の専攻が日本語でした。日本語専攻といっても、周りにいる仲間は私と同じような「日本語専攻」の中国人にほかならなかったのです。みんなコミュニケーションの力をアップしたくて、クラスの仲間と学習ペアを組んでみたら、そこで、困ったのはいつも二人とも同じ問題に「わからない」と感じたところです。それから、二人の中では、通じているつもりでも、実は日本人には通じないところが多く、実際の運用まで行っていないところがしょっちゅうありました。

当時、担任の先生に言われたアドバイスは、「日本人のように日本語を話せるようになりたい場合は、やはり日本人とコミュニケーションをとる限りだ」この言葉に励まされて、日本人とペアを組んでみました。
うまくやったところもあれば、意外につまずくところもありましたが、相手の顔が見えて、身振り手振りなど、ありうる手法尽くして、やっと伝わったところこそ脳に焼き付けられるのです。
文法の正しさとかの「知識」らしきものは、本に従えば必ず正答が見つかるが、こういう文化的な適応となる学びはやはり身をもって行うべきだと思うようになってきました。

そこで、この対面的な協働ペア学習を支えうるものとして、修士課程の研究をしていきたいと思います。

といったら、またまた問題が山ほど殺到してきます。

?コミュニケーションが取りたいなら、どうして、プログラムよりも対面的でなければならないんですか?
?小学校とかのグループ分けで共同作業をこなすための協調学習とはここでいう協働学習とはなに?どういう意味で協働と言える?
?それは果たしてお互いに教えるのか?または学びあうのか?
???

とにかくハテナにハテナです。

自分の経験から言うと、第二言語習得(つまり、日本語が上手になりたい)がねらいだから、それがこの学習形式が持続できる本音だと思われました。
しかし、確かに、問われたとおり、他の様々な方法でも、言語学習はできるのです。
そこで、このペア学習の経験で一番得したのは何かと再び考え直してみたら、やはり文化的適応にほかなりません。日本語の運用はただ文化的適応の経験につねに伴って行われている交際手法に過ぎないのです。

ということで、あえて仮説として、「文化的適応のために行われる異国者同士のペア協働は第二言語習得のコミュニケーションを活性化できる」と想定し、そこで、特に日常的な文化適応のテーマを取り上げることにより、いかなる学習が行われるかを分析したいです。

まだまだ、ぼんやりしているところが多いと自明していますが、グローバル化のなかを生きる外国人と母国話者同士の交流をたとえささやかやところからでも支えられる研究にできればと思います。


程 琳

2009.05.07

【今年の研究計画】社会科・歴史教育におけるメディアの活用

山内研ブログへようこそ。
はじめまして。
修士課程1年生、帯刀 菜奈(おびなた なな)と申します。
【今年の研究計画】シリーズ第5回は、M1の帯刀がお送りします。

私の研究は
テレビの歴史番組制作の手法を学校における歴史教育の場に用いると、
生徒の学習への新たなる動機付けとなりうるか、
もしくは更なる歴史への興味を喚起することが出来るかを検証する
・・・というところに目的をおいています。
今回はなぜ、そしてどんなふうに研究を進めていきたいのか書いてみたいと思います。

さて。
私には中高社会科の先生になるという夢があります。
現代人としての生徒は、歴史から何を学び、自分の生活にどう生かしていくのか、
これを考えるのが教師としての目的です。

一方、大学で歴史上の日本の教育制度を勉強するなか、
「情報」というキーワードにぶつかりました。
歴史の中において「情報」は大切な要素であり、その情報を理解できないと、
間違った歴史観を持ってしまう危険があるのです。

さらに、情報ネットワークが飛躍的に進化する現代では、
膨大な情報から的確に選択、判断する能力がなければ、
その情報を教育に生かすことはできません。

学校をそれ自体啓蒙主義的な「メディア」として機能している空間だとするなら
教師を目指す私は、学校というメディアの中の、歴史分野における情報の送り手になるわけです。

一般的な授業は、教育という目的から、先生と生徒間でしか情報の伝達がありません。

ここにメディアの概念を導入してみます。

メディアの代表にテレビがあります。
NHKなどの歴史教育番組には高い評価を得るプログラムが多くあります。
歴史を視聴者に対していかに興味を持たせるか、さまざまな工夫が盛り込まれているのです。
そしてその評価は視聴率という形で現れます。
このときのキーワードは、「エンターテイメント」です。

そこで私の研究方法は授業を番組としてとらえます。約50分の番組制作です。

①どのような場面で、どのような手法を使うと有効か
②その手法をどのように使うと結果が出せるか
③その方法をどのように操作するのか
④どの点が優れており、どの点に限界があるか

生徒に番組企画書を作成させることを通して、以上の4点を明らかにします。

情報提供者の表現の仕方や知識の深さを問題にするのではなく、
伝えようとする情報の伝わり方、興味の喚起の仕方に着目したいと思っています。

まだ方法など、探し始めたばかりで定まっていませんが・・・

これから自分の足でたくさん動いて研究を形にしていきたいです。

帯刀菜奈

2009.05.04

【エッセイ】プロファイルによる垂直的分化

ラーニングコモンズについて調べていたところ、面白い文章を見つけました。

D.) LC as transformational change: the above carried out with reference to (or within a framework of) campus-wide schema and/or faculty innovation such as core curriculum revision, writing/authoring across the curriculum, cognitive immersion learning paradigms such as the "classroom flip," and "learning object"/IMS implementation, such as D-Space. At this level, we continue to see functional integration across a horizontal plane, but we begin to see vertical differentiation as the former service delivery profile projected toward students becomes enhanced with another (or multiple) service delivery profile(s) projected at the needs of faculty as course authors, knowledge creators, learning coaches, and scholarly communicators. This also involves an enriched suite of services and toolsets.

(Beagle 2004) オリジナルはこちら

これはインフォメーションコモンズからラーニングコモンズへの進化過程について述べている文章の最後の部分なのですが、各種サービスの水平的統合と並行してユーザーのニーズに応じた垂直的分化が起きるという主張は、ユニークな視点だと思います。図書館・情報センター・学習センターを統合すれば「コストが浮く」という議論は多いのですが、同じ情報探索支援サービスでも、学生向け、教員向け、業務内容などによってさまざまなプロファイルをもうけて多様化していくことが求められることになるのでしょう。どういうプロファイルを作りどう支援していけばよいのか、ラーニングコモンズのみならず他の領域でも同じことが課題になりそうです。

[山内 祐平]

2009.05.01

【今年の研究計画】学習を目的としたワークショップにおける参加者の変容プロセスに関する研究

みなさまこんにちは。はじめまして。
4月から修士課程に進学しました、安斎勇樹と申します。

【今年の研究計画】シリーズ第4回は、M1の安斎がお送りします。

まだ入ったばかりで具体的な計画はほとんど何もありませんが...、
修士課程で何をしていきたいのか、考えを書き殴ってみたいと思います。


■一言で言うと...

私がしたい研究は、一言で言ってしまえば

ワークショップだからこそ起きている「学び・変容」を明らかにしたい!

というものです。


■そもそもワークショップってなんじゃ?

ワークショップとは、元々は「作業場」を意味する言葉ですが、
現在では参加体験型の新しい学びのスタイルとして注目されています。

ただ教師の授業を"聞く"という知識伝達の場ではなく、
ファシリテーターの進行のもと、参加者が主体的に活動に参加し、
他の参加者と対話をして、相互に学び合うような場のことです。

実はきちんとした具体的な定義や要件は無いのですが...、
なんとなくワークショップのイメージはもって頂けたでしょうか。


■ワークショップの可能性

安斎は、学部時代、ワークショップという新たな学びのスタイルに魅力を感じ、
中学生と大学生の固定参加者を対象とした連続ワークショップを実施してきました。
ゲストを招いて毎回違ったテーマで、毎月1回開催しており、現在も継続中です。

※MindsetSchool
http://mind-set.jp/

こうした実践活動を1年間続けてみて、大きな手応えを感じました。
勉強が大嫌いだった子どもたちが、活き活きとした表情で活動に取り組んでいる。
参加者だけじゃなく、その保護者の方々も、とても喜んでくれている!
特に、参加者の中で、「変容」がたくさん起きていた!...気がする。


私は、知識やスキルが身につくような学習よりも、
自分の「ものの見方」や「信念」が変容した時の方が、
学んだ!成長した!と感じることが出来ます。
「学ぶことは変わること」...これが私のモットーです。

そしてワークショップは、単に知識やスキルを習得するのではなく、
体験や対話を通して「ものの見方」が変容したり豊かになる場として
可能性を感じるのです。


■問題意識・研究の目的

私だけでなく、ワークショップに対して魅力や可能性を感じている人はたくさんいるはずです。近年では実践活動も増え、これから学校教育においてもこうしたスタイルが増えていくでしょう。

しかし、ワークショップで何が起きているのか。
参加者の評価に焦点を当てた研究はありません。


それゆえ、

「ワークショップっておもしろいけど、本当に意味あるのか怪しいよね〜」
「ワークショップはその時は学んだ気になりやすいんだよね〜」

そんな意見も耳にします。


そこで私は、ワークショップの参加者に焦点をあてて、

ワークショップ参加者にはどんな学び・変容が起こってるのか?
ワークショップだからこそ起こりやすい学び・変容はどんなものなのか?
ワークショップに出来ること(効用)、出来ないこと(限界)は何なのか?

そんなことを明らかにしたい!と考えております。



対象は誰?変容って何を指してるの?どうやってそれを調べるの?

そんなツッコミが飛んできそうですが...

それはこれからじっくり考えていきます。


まだまだ考えがふわふわぼんやりとしていますが、
なんとか形にし、良い研究が出来ればと思っています。


[安斎 勇樹]

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