2008.04.29

【エッセイ】なぜ先行研究を調べるのか

4月になり、新しいメンバーが研究室に加わりました。どの研究室もそうだと思いますが、最初は関心のあるテーマに関して先行研究を調べることから始まります。
最近は、データベースもずいぶんよくなったので、以前よりも情報検索は楽になりました。(昨年のブログに、情報検索のポイントが載っています。)
研究計画を立てるときの先行研究調査は、レポートのための文献調査と決定的に違っている点があります。レポートが「答え」を探すために先行研究を調べているのに対し、研究計画は「問い」を探すために先行研究を調べているということです。
調べれば答えが見つかるようなテーマであれば、時間をかけて新しく研究をする必要はありません。いままでその領域で行われてきたことを丁寧にマッピングし、「重要でありながら、いままで行われていないこと」を発見することが、先行研究調査の目的になります。
研究では、答えは自分自身で見つけなければいけません。小さな一歩であっても、今までに行われていたことから、「前に」踏み出すことが大事なのです。

[山内 祐平]


2008.04.23

【今年の研究計画】ワークショップのデザインの熟達化における変容の契機に関する研究

 こんにちは。今週の担当、山内研究室 博士課程2年の 森玲奈 です。
 山内研究室に入って早4年目。様々なバックグラウンドの仲間たちに刺激を受けつつ、日々楽しい研究生活を送っています。
 では、私自身はどのような研究をしているのか。簡単にご紹介したいと思います。


■ワークショップってなに?
 皆さんは、どこかで「ワークショップ」という言葉をお聞きになったことはあるでしょうか?
 ご存知の方は、どんなイメージを持たれているでしょうか?

 ワークショップとは、もともと「作業場」を意味する英語でしたが、ここ数十年の間に、学びのための新しい方法として実践が行われるようになりました。
 ワークショップに関してはいくつか本が出されていますが、入手が簡単なものに、中野民夫さんの書かれた「ワークショップ」(岩波新書)があります。そこでは、ワークショップは「先生や講師から一方的に話を聞くのではなく、参加者が主体的に議論に参加したり、言葉だけでなくからだやこころを使って体験したり、相互に刺激しあい学びあう、グループによる学びと創造の方法」と定義されています。この手法の使われる領域は現在多岐に渡っており、非常に注目されています。
 実践のニーズが高まっているということは、そのような人材を育成することも考えていかなくてはならないということ。しかしながら、人材育成に関する研究がなされていないという現状が、私はとても気になりました。


■ワークショップを実践する「ひと」
 人材育成について考えるためには、まず、ワークショップ実践を行う人(以下、実践家と呼びます)が他の人とどのようなところが違うのかを知る必要があります。この違いこそが、実践家の「専門性」だと考えられるからです。
 ワークショップ実践を行う人には(1)企画を立てる(2)コーディネートする(3)当日の運営をする、という3つの役割があると言われています。私はこの役割の中でも、そもそものスタートである、「企画を立てる」(以下、ワークショップのデザインと呼びます)に注目することにしました。
 ベテラン実践家はどんなふうにワークショップの企画を立てているのか?この問いにアプローチしたのが修士研究(『学習を目的としたワークショップのデザイン過程に関する研究』日本教育工学会論文誌 第31巻 第4号 (2008) に掲載されています)でした。
 しかしながら、ベテランのとっているデザイン方略がわかっただけでは、実践家育成には十分ではありません。なぜならば、ベテランの持つ専門性が、いかにして獲得されたのかが、解明されていないからです。そこで、標題に掲げた新しい研究がスタートしたわけです。


■実践家はどうやって今に至ったのか
 ワークショップ実践家はどのようにしてベテランになっていくのか、すなわち熟達過程に関して調べるために、今回の研究では経験5年を越える方から経験20年以上の方まで、19名の方にご自身のキャリアに関するインタビューをさせていただきました。
 インタビューをする際、要として考えたのは、「デザインの仕方の変容」です。ご自身が自覚されている変容の時期をご指摘いただいた上で、その前後にどのようなことがあったのか、エピソードを語っていただきました。なお、インタビューの前に、実践家の方に、ご自身のキャリアヒストリーを年表にしていただくという作業を挟むことで、記憶の再生を促しました。


■インタビューを通じて「研究者としての私」のこれから
 対象者へのインタビューは終了しました。現在、取得したインタビューデータを文字化し、試行錯誤しながら分析しているところです。データ間の比較を行うことで今までわからなかったことへの仮説が浮かび上がってくるので、少し作業は大変ですが充実した時間を過ごしています。
 インタビューという手法は、研究者だけではなく、様々な方が使っている、非常に素朴な方法です。必要な機材はICレコーダーだけです(笑)。でも、研究として行うからには、インタビュー対象者ご自身が普段意識せずにいたようなことが少しでも明らかにできたら、と思っています。そして、人材育成環境をデザインする上で有用な提案ができたら、と思っています。

 これからも未熟ながら、地道に研究を進めていきたいと思っておりますので、あたたかく見守っていただければ幸いです。
 拙い記事に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


 

[森 玲奈]

2008.04.16

【エッセイ】ヘンリーくん

福武ホールの共有スペース「学環コモンズ」は、みなさんからよく「すてきですね」と言われる空間ですが、この空間の監修は、ワークショップやミュージアムのプランニングで有名な大月ヒロ子さんにお願いしています。

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大月さんから新しいグッズを紹介していただきました。掃除機「ヘンリーくん」です。

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掃除するのが楽しくなりそうですが、母国イギリスでは、ミュージアムなどで大活躍しているそうです。東大での利用ははじめてだと思います。これでみんながあらそってコモンズをきれいにしてくれるのではないかと、ひそかに期待しています。

[山内 祐平]

2008.04.16

【今年の研究計画】ことばの習得を促す親の語りかけ向上を支援するシステムの開発

 今週は博士課程2年の佐藤から「今年の研究計画」をご紹介いたします。”今年の”ということですので、現在取り組んでおります開発研究を中心にご紹介したいと思います。


■問題意識

 幼児のことばの習得は、主に親や先生など身近にいる大人との対話の中で行われています。やりとりを通して子どもは単語を覚えるだけでなく、自分の考えを相手に伝えたり、相手が言ったことの意味をくみとったり等、様々な処理を行なっています。一方大人の側では、子どものより高度な段階への発達を促すような語りかけを行なっています。子どものことばの習得における大人の役割については、非常に影響が大きいと考えられます。


■NarrativeSkillの研究

 Narrative Skill習得における親の役割に関する先行研究では、語りの引き出しが上手な親とそうでない親がおり、その差が子どもの語り方や考え方にまで影響しているという結果を示しています。アメリカの中流家庭の親の多くは、幼い頃から語りの引出しの工夫を行なっているそうです。具体的に親が果たすべき役割としては、子どもが語る全体のストーリーを想定して、まず話が膨らむようオープンエンドな質問をし、次に足りない部分を補足するよう促しを行なったりするそうです。


■研究目的

 本研究では、"子どものことばの習得を促す親の語りかけ"の向上を支援するシステム環境を構築します。システム構築においては、まず、先にも触れたNarrativeSkillの研究をはじめ、日本における幼児の語りについてや親子対話に関する先行研究についても調査分析を行います。特に、本研究で想定している支援対象=日本の幼稚園児の母親たちに、先行研究の様々な知見をどのように適用していくかについて、十分吟味する必要があると考えています。そこから支援原理を導き、システム環境を実装します。


■システムの開発

 本研究で開発する具体的なシステムは、
  「親子でお話作り」→「他親子のお話の評価」→「評価結果の共有」
という一連の流れを実施していくネットワークを介した学習環境です。
 親子の対話を録画し、動画をWeb上のコミュニティに投稿、それを相互評価し、その結果を皆で共有しあうというものです。相互評価や他親子の対話の閲覧から、他の親の語りの引き出しがどのように行われているのかを見ることで、自分との差異を認識したり、上手な方の方略を取り入れていくことを目標としています。


■今後の予定

 今後は、開発したシステム環境が有効であるのか評価するため、実際に親子に参加してもらい一連の流れを体験していただく予定です。ただし実際体験してもらうには、参加に対する動機付け、持続可能な活動自体の面白さ、システムのユーザビリティ等、解決すべき課題が山積みです。現在はシステム開発の途中なのですが、同時にこれらの課題も取り組みつつ、少しでも教育的に価値のあるものを作っていけたらと考えております。
 また、自身の博士の「幼児の物語行為を支援する学習システムの開発研究」という研究へと結びつく、有用な知見を見出していきたいと思います。


[佐藤朝美]

2008.04.10

【今年の研究計画】“いきいき”した大学研究室環境のデザインに関する実践研究

4月より修士課程に進学しました岡本絵莉といいます。
3月に京都大学文学部の基礎現代文化系情報・史料学専修を卒業し、山内研究室にやってきました。
今日は私の研究計画についてご紹介します。

●研究テーマ(案)は?
“いきいき”した大学研究室環境のデザインに関する実践研究

●研究の概要は?
大学の研究室を対象に、ワークショップを企画・実行します。
こうした実践を通じて、大学研究室のメンバー全員が“いきいき”して研究活動に邁進できる研究室環境のデザインに関する評価を行います。

●研究の背景は?
「大学の研究室」について、みなさまはどのようなイメージをお持ちでしょうか。
実は「研究室」という正式な組織は存在しないのですが、教員の下で複数の学生が教育を受け、研究活動を進める共同体を、ここでは「研究室」と呼ぶことにします。この研究室こそが、大学という巨大な組織の中で、研究やその成果の還元、教育といった重要な機能を果たす実質的な単位です。しかしこの大学研究室が、学問分野の細分化や縦割り制度の中で閉鎖的な組織になりがちであるという批判があります。研究室を統括する大学教員自身も、研究活動はもちろん、大学の運営業務や研究資金の獲得で多忙である場合がほとんどです。そもそも大学教員の多くは「研究者」として経験を積んできたにも関わらず、教育者・運営者といった全ての力を要求される現在の構造自体に問題があるのかもしれません。こうした状況の中で、大学の研究室に関する様々な問題が起こっています。だからこそ、研究室のメンバー全員が“いきいき”として研究活動に邁進できるような研究室環境のデザインについて考えることは重要であると考えています。

●研究の方法は?
企画したワークショップを、実際に大学の研究室において開催します。ワークショップの内容は、今のところ「研究室のアイデンティティ形成ワークショップ」「研究室の知識共有促進ワークショップ」「研究とは何かを理解しようワークショップ」などを考えています。

●評価の方法は?
本研究計画において評価を行いたいのは、「“いきいき”して研究活動に邁進できるような研究室環境のデザインに役立ったのか」という点です。しかしこれをそのまま検証することは困難であるため、たとえば以下のような項目を検証することを考えています。

・学生の研究テーマ決定までの時間が短くなったか?
・学生がひとりで悩んでいる時間が短くなったか?
・学生が、研究に必要となる基本的な技術が身を身につけたか?
・研究室内に、研究について気軽に議論する場や、協力し合う雰囲気が生まれたか?
・教員が学生の基本的な指導に使う時間が減ったか?

●さいごに
なぜ私が大学研究室についての研究を行いたいと思ったのかについて、書きたいと思います。
私は縁があって学部生の頃から研究者支援のNPO等に関わり、大学の研究者や研究室と接するチャンスがありました。その中で「自分の研究に熱中できる人」や「自分の研究室の文句を言う人」、「研究室の外に出て積極的に活動する人」はたくさんいましたが、自分が幸せに研究を行うための環境について考え、そこに働きかけようという人はあまりいないと感じたのです。だからまず周囲の方と協力して、大学の研究室に対する実践活動を始めました。こちらは現在も継続中ですので、興味のある方はご覧いただければ幸いです。(http://www.ikiiki-lab.org/) しかし、行き当たりばったりな実践をするだけではなく、それについて多角的に考察し、学術的に検証したいと思いました。それが、私が修士課程で本研究を行いたいと思った理由です。現在も計画を練っている途中の研究計画であるため、検討が必要な点も多々ありますが、前向きなトライ&エラーを重ねていこうと決意しています。

2008.04.08

【エッセイ】建築家が見る世界

赤門横の遅咲きの八重桜が咲きました。

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建築家・安藤忠雄氏は環境の中で建築を作る人です。福武ホールの壁が切れる先に、赤門と桜がある光景を細長い敷地を歩きながら思い浮かべていたのでしょう。

できあがって見るとなるほどと思えることでも、図面からは想像できないものです。この風景を敷地に重ねて見ることができるかどうか - そのインスピレーションはどこから生まれるのでしょうか。

専門家の所以は、普通の人には見えないものを見て、深い洞察のもとに形にしていけるかどうかにかかっています。想像力という手あかのついた言葉の先にあるもの、それこそが学びの核心なのかもしれません。

[山内 祐平]

2008.04.02

【今年の研究計画】プレゼンテーション・ソフトウェアと配布資料をキーワードに

 今年度より研究室で学ばせていただくことになりました大城と申します。

 私の研究テーマは目下模索中のため、正直なところ研究計画も未定なのですが、いくつか関心のあるキーワードがあります。今回は以下のキーワードのうちプレゼンテーション・ソフトウェアに関心を持つ理由について説明させていただきたいと思います。

1. プレゼンテーション・ソフトウェア
2. (1.を用いたプレゼンテーションを行う際に作成する)配布資料

■効率的で幅広い情報伝達が可能に

 プレゼンテーション・ソフトウェアには、情報量が多いという利点があると考えられます。授業という場を切り口にしてみても、黒板による講義と比較して、プレゼンテーション・ソフトウェアは、短時間に大量の情報を効率的に伝達することを可能にした点で、非常に画期的であると言えます。

 しかも、その「情報」の幅も広がりました。かつては黒板とチョークで書く以外には、模造紙やポスター等の静止画しか用いることができなかったのが、今やそれに加えて動画、音楽、さらにはインターネット上の情報を扱えるようになり、かつ、それらのさまざまな情報を、PCの画面上で瞬時に切り替えてスクリーンに提示することができるようになりました。

 しかし、いくつかの疑問もわいてきます。

■情報量の多さ

 1つ目は、本当に便利になったのか?ということです。確かに、プレゼンテーションを行う側にとっては効率的に伝えたい情報を伝えられるようになった点で大変便利になったと言えます。しかし、プレゼンテーションの受け手にとってはどうでしょうか。

  「情報量が多いこと」は、聞き手にとってメリットであると同時にデメリットともなることが考えられます。次々に新しいスライドが提示され、視覚的な刺激の多いプレゼンテーション・ソフトウェアは、聞き手に分かりやすいとも捉えられていますが、それには「分かったつもり」という感覚も含まれています。伝達される情報量の増加は、その内容の理解を深めることにただちにつながるとは言えません。

■突き詰めればスライドショー

 そしてもう1つの疑問があります。本当に情報の幅は広がったといえるのでしょうか?プレゼンテーション・ソフトウェアによって多様な形の情報を効率的に扱うことが可能になりましたが、突き詰めれば一方向的に情報の提示されるスライドショーであることに変わりはありません。これは、ある種の型であり、見方によっては制限であるとも言えます。むしろソフトウェアを用いない表現(話し手自身の語り、ジェスチャーなど)に、プレゼンテーションの面白さ・分かりやすさが表れていることもしばしばあります。

■既存のテクノロジーの使い方

 今まで述べてきたプレゼンテーション・ソフトウェアは大学の教育現場で広く普及しつつあり、すでにあって当たり前、使って当たり前のありふれたテクノロジーの一つになりつつあります。しかしながら、それと同時に、テクノロジーの良さをどう活かし、弱さをどう補強していくかという議論も広がっていかなければならないと思います。

 プレゼンテーション・ソフトウェアを用いて何らかの意図を持った説明がなされる際、聞き手の中で何が起こっているのか、話し手が聞き手に望むような内容理解がどの程度達成されているのかについて、話し手によって作成される配布資料という道具に焦点を当てながら、考えていきたいと思っています。

[大城 明緒]

2008.04.01

【エッセイ】たかが10%、されど10%

3月29日土曜日に、ヘルシンキ大学教授のSeppo Tellaさんをお招きして、BEAT Special Seminar 「未来の教育のために学校と家庭ができること- フィンランドと日本の対話」が開催されました。詳しい報告は、Seminar Reportページに掲載されますので、お楽しみに。
シンポジウムの最後に、教育における情報通信技術の役割の話が出て、Tellaさんが"Technology 10%, Education 90%"という発言をされました。私は平行しながら司会としてどうまとめるかを考えていたのですが、全く同じことを言おうと考えていたので、驚きました。
情報通信技術のようなハードな技術が教育にもたらすインパクトは10%程度であるというのが、長年この業界でやってきて体で覚えたルールです。
教育システムを導入したら、何か成績はあがるでしょうと言われることがありますが、これは大きな誤解です。そんなに学習は甘くないので、評価したら有意差なしということは日常的におこります。
それゆえ、教育や学習のプロセス全体を質の高いものに変えていくためには、技術だけでなく、組織や制度、文化まで視野に入れる必要が出てきます。今回、Tellaさんにはそういう大きなビジョンの素材を与えていただいたと思っています。
ただ、10%だから重要ではないということはありません。もし、持続的に学習のプロセスの10%を向上させることができれば、トータルで社会が受けるメリットははかりしれないものになります。
私はよく薬を例にひきます。解熱剤で人を健康にすることはできませんが、医療行為に解熱剤は欠かせないものです。教材や教育システムは薬のようなもので、それ単独で教育を成立させることはできませんが、そのプロセスにとって必要不可欠なものだと思います。
大きなビジョンと小さな技術、これが整合的に機能してはじめて質の高い教育が可能になるのでしょう。

[山内 祐平]


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