2008.03.27

【今年の研究計画】因果関係の発見を促す歴史授業のデザイン―テクノロジーを利用して―(池尻)

来年度から山内研で研究させてもらうことになりました、新M1の池尻と申します。
歴史学科を卒業してこの山内研にやってきました。本来は世界史の教師になろうと思っていたのですが、現在の歴史学習に疑問を持ってしまったため、まずは歴史学習を研究して改善しようと思った次第です。
今回は僕の研究計画を披露したいと思います。

■歴史って何?
まず、みなさんは歴史にどういうイメージをお持ちでしょうか?

ただ暗記するもの?
静的なもの?
全体像が見えないもの?
今の世の中では役に立たないもの?

大半の人はこういう回答をされるだろうと思います。しかし、歴史学科を卒業した者としてはっきりと言えることがあります。歴史はとてもダイナミックで、扱い方次第では未来を切り開く大きなヒントをもたらしてくれます。
歴史家の巨人、E.H.カーは「歴史とは現在と過去との対話である」と説明しています。これは、歴史に何か正しいものがあるというのは幻想で、各時代、各歴史家が「なぜこうなった?」というフィルターを通して過去を見ることで初めて歴史は意味を持つのだ、という内容です。もっと砕いて言うと、自分の現在の興味に照らし合わせて過去を見る。そこから見えてきた法則(因果関係)を未来に活かす。これこそが歴史の重要な点なのです。
だからこそ、あらゆる時代、あらゆる人物は、歴史から現在の問題を解決するための法則(因果関係)を探し出さなければいけない。というよりは、せっかく先人が身をもって明らかにしてくれた試行錯誤の結果を生かさないのはもったいないと僕は思っています。

■じゃあ歴史ってどう学ぶの?
みなさんは歴史を学んだことがあると思いますが、どれくらい覚えているでしょうか?もうすっかり忘れたという人も少なくないと思います。実は僕も高校で習った内容はほとんど忘れてしまいました。そして、実は歴史の教授も自分の専門外の歴史はほとんど覚えていません。
しかし、歴史家にあって一般人にない決定的ものがあります。それは上で話した、法則(因果関係)を見つけるスキルです。実はこれがないと、歴史から現在の問題を解決するヒントを見出すことはできません。
では、学校で行われている現在の歴史学習はどうでしょう?やはり受験勉強のために暗記中心になっているものが多いというのが実状でしょう。もちろん、大半の先生は歴史の流れや因果関係も教えているでしょうが、因果関係を見つけるスキルを実際に子供達に教えて、さらに現実に活かさせようとしている先生は少ないのではないでしょうか。
もちろん暗記も大切ですが、子供達が自分達の関心に基づいて、子供達なりに歴史から法則(因果関係)を見つけるという学習を組み込む授業設計が必要だと僕は思います。

■じゃあどうやってそのスキルを教えるの?
これを教えようとしている試みは海外、国内共に昔からあります。でもほとんどは知識習得を軽視しており、無責任な教育だと非難されてきました。これは現在の教育と同じで、教師主導への反動として児童主導にしたことに対する批判です。僕としては、どちらかの立場だけで教育を行うことは無理だろうと感じています。そこで、両者をバランス良く組み込めるような授業をデザインすることが研究者の使命だろうと思います。
では歴史学習において、いかに知識を習得させつつスキルも育てるのか。これはかなりの難問です。何故なら、他の教科に比べて歴史の持つ知識量は膨大すぎるためです。また、世界史の場合に特に顕著ですが、国や時代が多様すぎて、系統的に教えることすら難しいのです。これをどう解決するか。一年かけてじっくりと考えていきたいと思います。

■希望の光―テクノロジー―
これを解決する際の鍵は、おそらくテクノロジーだろうと僕は踏んでいます。現在、歴史史料のアーカイブ化がどんどん進んでおり、今までは入手困難だった海外の史料も手に入りつつあります。歴史学習におけるインフラ整備は確実に進んでいると言えるでしょう。
また、コンピューターは歴史における大量の知識を詰め込むことも、検索することも、また人目でわかるように表示することも可能です。この特性を考えれば、歴史授業をデザインする際にテクノロジーは多くの問題を解決してくれるでしょう。

まだまだ未完成な研究案ですが、将来的には学校現場の歴史授業を初め、博物館や美術館、企業などでも、歴史を通して新たな知見を生んでいけるテクノロジーをデザインし、温故知新型の社会を作っていきたいと考えております。

長々とお読みいただき、ありがとうございました。

[池尻良平]

2008.03.26

【お知らせ】情報学環・福武ホール竣工

本日3月26日(水)に、情報学環・福武ホールが竣工を迎えました。

IMG_0004.jpg
(安藤先生記念講演の様子)

※毎日インタラクティブに記事が掲載されました。
http://mainichi.jp/life/edu/news/20080326mog00m100051000c.html
※写真特集はこちらからどうぞ。
http://mainichi.jp/life/graph/20080326/2.html

竣工記念式典に足をお運びいただいた方々、式典を支えていただいた多くの関係者の方々に厚くお礼申し上げます。

竣工と同時にウェブサイトもオープンしました。今後、イベント情報なども掲載していきますので、ぜひご覧ください。

http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/

[山内 祐平]

2008.03.21

【今年の研究計画】授業分節間情報の明示的記録と効果 -学習指導案を共有情報として残すために-

 お待たせをしました。今回はわたくし林向達が研究計画を披露させていただきます。最近,家賃安い部屋に引っ越したんですが,そこはインターネット圏外。そんな生活が始まり,解放された部分もあれば,メールやブログの更新には大変不便ということで,いかに自分の日常がインターネットにどっぷり浸かっていたのか思い知っている今日この頃です。

 さて,そんな雑談から始めてますが,私の研究とどんな関係があるのか。思うに「インターネットにどっぷり浸かる」という日常は,遅かれ早かれ学校教育現場にもやってくるだろうということです。そんな学校教育の日常が(先行している世間の日常にようやく追いついて)訪れたとき,先生達の教育活動のノウハウも当然その上で目まぐるしく行き交うことになるだろうことも,容易に想像がつくと思います。


■研究で明らかにしていく「授業分節間情報」とは

 私の研究は,副題が示すように,学習指導案を共有情報として残す際に必要な事柄を考えようとするものです。その際の鍵になる概念が「授業分節間情報」と私が呼んでいるメタ情報です。

 メタ情報の「メタ」とは,「高次の」という意味を表します。一般的には,メタ情報というのは「キーワード」とか「検索語」とか呼ばれているものがこれにあたります。つまり「情報を指し示す情報」といった働きをもつもので,少し上から目線で「対象の情報」を「説明する情報」がメタ情報だと思えばよいです。

 私の研究の文脈でいえば,学習指導案の内容に対して,それを説明・解説するような情報のことをメタ情報と考えています。この場合,学習指導案が「対象の情報」で,授業分節間情報を「説明する情報」と考えます。

 私が自分の研究で考えて明らかにしたいことは,この「授業分節間情報」って意外と大事じゃない?ということです。

 「授業分節間情報」ってのは私が捻り出した言葉ですので,調べても出てきません。ただ,考え方は大変シンプルで,それに当てはまるもの自体は,あちこちに遍在しています。そして,私の研究に価値があるとすれば,あちこち遍在しているものをこの言葉でギュ〜と集めて,教育学や情報学や心理学や工学といった各分野の素材と調味料を使って料理に仕上げようとしているところです。

 簡単に説明すると,授業とはいくつかの分節で成り立っており,その分節同士の関係性や接続性を明示する情報のことになります。それってかつてフローチャートとか何かでやろうとしたことか?との問いに対する答えは,無関係ではないが同じことをしようと思っているわけではない,です。


■徒然なるまま共に歩んできた「学習指導案」

 それにしても「学習指導案」とは,摩訶不思議なものです。これまでの学術研究に,学習指導案を題材に取り上げたものは幾つもありましたが,取り上げられる学習指導案の顔つきはそれぞれで微妙に異なっています。まさに羅生門的であり,学習指導案の本当の姿なるものがあるのかどうかさえ藪の中…。

 実際,学習指導案と書いた場合に,それが指し示す範囲は広く曖昧ですし,また実物の様式も現場や作成者個人あるいは目的に応じて異なってしまうのが常識とされ,正しい様式「ザ・学習指導案」はこれ!というものは無いと考えるのがこれまでの共通認識のようです。
 かつては,この多様で煩雑な様式を克服した上で,学習指導案作成システムをつくろう!なんて研究もありましたが,この成果を踏まえたシステムが現場で大活躍しているニュースは聞いたことがありません。

 そんな風に掴み所のないまま,時の流れに身を任せて学校教育現場と徒然に歩んできた「学習指導案」も,気がつけばコンピュータ・ネットワーク,つまりインターネットの時代にまで生き残りました。いやはや,それはそれで立派なことです。学習指導案というものが現場にとっては捨てられない概念や価値を持っていたと考えてもいいのでしょう。
 あるいは単に捨てる機会もなく,ここまで徒然にやってきてしまったのなら,この機会に関係を見直すのも悪くはないはずです。とにかく,学習指導案をインターネットなどの情報技術で扱うため,議論の俎上に乗せる必要があると考えるのです。


■学習指導案2.0?

 余計な言葉や言い回しの多い私の文章に,すっかり振り回されてしまっているかも知れません。少し雑談モードを緩めて,小難しモードで書いてみたいと思います。

 私の基本認識は「学校現場に向けられた情報支援は,現状十分ではない」というものです。情報通信社会という言葉を通り過ぎ,ユビキタス社会も夢ではなくなってきた今日で,学校や教師に提供される知の道具や素材の実態がどうであるのか。地域や学校の違いがあるとはいえ,全体として(控えめに表現しても)「乏しい」というのが現実です。

 教師の仕事の中心は授業であるともいえますが,それ以外にも様々な顔を持つ仕事を勘案すると,私には「知のナビゲーター」とか「情報のコンシェルジェ」的な存在にも思えるのです。
 そんな呼び方を念頭に置きつつ,もう一度,教師への情報支援の実態がどうであるのかを考えたとき,今日の教師が乏しい支援の現実にあって,それでもなお学校教育の現場を誠実に支えようと努力していることに驚くほかないのです。
 そして,そのような現実に向けて,教師の資質向上と称した「研修」といった方法で策を講じることばかり考えている教育改革議論にも限界があるように思えるのです。

 そのような議論も大事であると踏まえた上で,そこを乗り越えるために足りないものは何か。もう少し現場の近くで考えていくことが必要であろうと思います。その一つとして,本研究で取り上げるのが「学習指導案」であり,これをパワーアップすることでよい効果が生まれるのではないかと考えているのです。授業分節間情報という言葉と概念も,そのためのアイデアです。


■記録は大事

 しかし,先ほどからの駄文を踏まえると,「学習指導案」に固定化した形式はなく,そのうえ,現実問題として学習指導案を一つひとつの授業について作成しているわけではない。それは本当にブレークスルーを考えるための素材となり得るのか。といったような疑問も当然あるでしょう。

 しかし,同時に,学習指導案は長いこと教育現場とともにありました。おそらく,その固定した実体の無さこそが,多様性に富む教育実践や授業の計画を記すのに都合がよかったのでしょう。それは柔軟性であったともいえます。

 この柔軟性によって,本来,授業の計画を記すために作成されていた学習指導案は,同時に学習指導の結果をそこに含むことも可能でした。授業実践記録に取り込まれる形で学習指導案は記述され,たとえば授業研究の場の資料として提供されたり,公開研究会の紀要に掲載されたりしてきたのです。

 このような記録として学習指導案という存在を考えた場合,そこに注目する重要性はますます増してくるだろうと思われるのです。そして実際,日本だとNICERといったデータベースの教育支援サービスによって,教育リソース(教育資源)が蓄積され,現場に向けて提供されているわけです。

 あれ?すでにそのような教育の情報支援サービスが提供されているのであれば,何が問題なのでしょうか。


■蓄積されても使えない

 データベース化とは,電子化による一元管理の実現を意味します。それは記録フォーマットや検索キーワードなど,メタデータ(メタ情報)の貴重な議論が展開された成果ではあります。しかし,それはデータベース化する以前の情報を,データベースの中で上手に統一的に表象しようという努力に他なりません。言い換えれば,データベースの登録数を増やすプラス手段の方法論なのです。

 しかし,私たちが情報を利用する場合,数ある中から必要なものを選ぶ必要があります。これが検索技術の役目です。おかげさまで私たちの住む世の中は,多くのものがデータベース化を達成し,それを実際に利用しようというフェーズになっています。GoogleやYahoo!などが検索企業として注目を集めるような時代になったのも,こうした社会背景があるためです。検索で行なっているのは,どうしたら膨大な情報から必要なものだけ取り出すのかということ。つまり逆に言えば,膨大な情報群から不必要情報を差し引くマイナス手段の方法論ということになります。

 このような観点から考えた場合,教育の周辺における情報支援環境は,プラス手段の方法論で取り組まれたものがなくはない(NICERみたいなものはある)が,それとて十分あるとはいえない。そして,そこから先,マイナス手段の方法論での取り組みは,おそらくまだまだこれからだろうということです。

 世間の皆さん的に,Web2.0はもう当たり前で言葉の方が廃れ始めている感じだとは思いますが,その表現を教育世界に照らして使ってみると,Web1.0相当のことが途上中,Web2.0相当のことは本当にあるの?ってな感じなのです。
 けれども,Web2.0相当のことが将来的には学校教育にも起こるだろう。いや起こしてみせようではないか。それくらいの気概を持ってやってるんだオレたちは…という雰囲気です。


■研究計画に戻って…

 ちょっと熱くなってしまいましたね。研究にはパッションも必要ということで…。

 さて,何の話でしたっけ?ああ,研究計画でした。


■授業分節間情報の提案と実証を試みる

 授業実践の記録としての可能性を持つ学習指導案,そこには教師の授業実践に関するノウハウ(実践知)を残す余地もあると考えます。それがデータベース化されて共有できれば,お互いの知の交換によって学校の授業の質が確保されたり向上できるとも考えています。少なくとも,そのための努力をバックアップするものにはなるはずです。

 しかし,単なるデータベース化は,プラス手段の方法論に基づく成果でしかありません。今日,私たちはどうすれば必要な情報を得て,それを活用できるのかという問題に直面しています。教育現場にとっては,そのことがすぐに問題となるのです。これは膨大な情報を削ぎ落とすようなマイナス手段の方法論に基づく成果が期待されているということです。

 情報をマイナスしていくには,情報の選別をしなければなりません。情報の選別の基準となる情報は,データベースの検索というレベルであればキーワードなどのメタ情報になります。それでは,内容本体の利用というレベルに関してはどうでしょうか。内容本体(対象の情報)を「説明する情報」を基準に選別していく必要があるのではないか。さらにいえば,この「説明する情報」は,情報活用に際して,非常に重要な役目を演じられるのではないか。

 本研究では,ここに授業分節間情報というものを提案したい。そして,これは紙の世界に戻ってきても適用できるものでありたいと考えています。それもできる限り従来の延長線上で。そのため,これは技術(コンピュータなどを使う)ではなく,一種の技法や手法(学習指導案を共有できる授業記録として扱う書き方といった程度)だと考えています。

 本研究は,授業分節間情報というものを明示的に記録するという一技法・手法を文献研究や調査を踏まえて提案し,それによって本当にこちらが意図するように情報の活用が促進されるのかどうか。そのことを実験してみよう考えています。

 それによって,学校や教師への情報支援が豊かになることに(50年後ぐらい)少しでも貢献できるといいなと思います。未来の時代にも,授業分節間情報によって私たちの時代の学習指導案や教育の実践知が参照され活用され続けることを期待したいのです。とはいえ,果たして未来の教育はどんな姿をしているのでしょうか。


 
■協力者募集中…

 アンケート調査や実験課題を小学校現場の先生方の協力で行ないたいと考えています。まだ質問紙も内容も,実験の準備もこれからですが,関心のある先生方の協力が得られたらと考えています。もっともこの内容を読んだ皆様からは,自動的に実験参加資格が薄らいでいくという悲しいお話がありますが…。でもアンケート調査にご協力いただけると,とても有り難いです。呼びかけた際には是非ご協力お願いします。

 
[林 向達]

2008.03.18

【お知らせ】UT Cafe BERTHOLLET Rouge オープン

3月17日(月)午前11時に、福武ホール赤門側角にUT Cafe BERTHOLLET Rouge (ベルトレ ルージュ)がオープンしました。

IMG_0046.jpg

以下 毎日.jpより引用します。

東大:学内でカフェをプロデュース 「UTCafe」17日オープン

 東京大学は17日、同大がプロデュースした「UTCafe」をオープンする。東京都文京区の本郷キャンパス「赤門」近くに完成する新校舎「情報学環・福武ホール」の一角にあり、軽食、コーヒー、酒類を出す。同大の研究者や研究成果を紹介する場にする狙いで、通常営業のほか、4月から1カ月に1度、同大の研究者と一般客とのトークイベントを開催する。

 福武ホールは建築家で同大特別栄誉教授の安藤忠雄さんが設計。店舗は無印良品アドバイザーの原研哉さんがデザインし、東京・青山にある「ル カフェ ベルトレ」のオーナーシェフ、柳舘功さんが運営に当たる。同大大学院情報学環の吉見俊哉・学環長は「新しい知を生み出すには、食べながら、飲みながら談論する場が必要で、そのためにはおいしい食事とワイン、コーヒーが必要。カフェを『知が出合う場』にしたい」と話した。

 本郷キャンパス内には既に、スターバックスやドトールなどカフェチェーン店があるが、情報学環の山内祐平准教授は「既存のチェーン店ではトークイベントの開催など大学との連携が難しく、独自にプロデュースした」と理由を説明。研究者の話を“拝聴”するのではなく、会話を楽しめるよう、トークイベントの定員は15人程度にするという。

 「UTCafe」の座席数は店内24、オープンスペース24。ブレンドコーヒーや日替わりランチ、生ビールなどのほか、同大の研究成果を広めるため「東大サプリメント 体力式アミノ酸」を使ったジュース「ボーテ・ド・オランジュ」、沖縄戦で失われたといわれていた酵母を同大研究所が復活させた泡盛「御酒」(うさき)なども提供する。営業時間は午前11時~午後9時半。

 トークイベントは予約制。26日にオープンするウェブサイトから申し込む。4月は本郷和人・史料編纂所准教授、5月は鈴木康広・先端科学技術研究センター特認助教が登壇する予定。【岡礼子】


オープン直後に、早速ランチプレートをいただきました。

IMG_0048.jpg

日替わりで、この日は牛肉の煮込みです。柔らかい牛肉のかたまりがごろごろ入っており、フレンチシェフ柳舘さんの作る深い味わいのソースとあいまって、とてもおいしかったです。みなさまもぜひお楽しみください。

13日には記者発表とカフェイベント UTalkの第1回が開かれました。アミノ酸の研究者で、東大サプリメント「体力式・乾杯式」を開発された大谷勝さんにおいでいただき、製品の裏側にある研究をどうして始めようと思ったのかについてお話ししてもらいました。参加者からもたくさん質問が出て、とてもよい雰囲気で終わることができました。コーディネートしていただいた佐藤さん、森さん、ありがとうございました。

P1060259.jpg

このカフェ、夜にはお酒も出ます。昨日は柳舘シェフとそのお仲間の方がたと飲みながらひとしきりお話しさせていただきました。こういうサロン的な場から、新しい文化が生まれることを期待しています。

[山内 祐平]

2008.03.15

【今年の研究計画】ベテラン実践家によるワークショップデザインに関する研究ー実践家が捉える「場」の利用可能性ー

■「ワークショップ」とは
ワークショップという言葉を聞いた事がありますか?
ワークショップを見かけた事がありますか?
ワークショップに参加した事がありますか?
ワークショップをお手伝いしたことがありますか?
ワークショップのファシリテーションをしたことがありますか?
ワークショップをデザインしたことがありますか?

ワークショップとは、「講義など一方的な知識伝達のスタイルではなく、参加者が自ら参加・体験して共同で何かを学びあったり創り出したりする学びと創造のスタイル」(中野,2001)です。
体験をもとに私の言葉に翻訳してみると、参加して、体験して、ちょっと自分の壁を壊したり、いつもは開かないようなところをオープンにしてみたり、そうこうしているうちに夢中になって、後から振り返ってみると、あれ?これってもしかして…という、ちょっとだまされたような、でもそれが心地良かったりする学びのスタイルです。

■学びの場
ワークショップでの学びには何か決まった形式があるわけではなく、参加者が実際に体を動かしたり、何かを作ったり、話し合ったり、発表したり、といった体験によって得られるものです。
参加者一人一人が何を得るかは、その人次第です。
何か一つのことを一方的に伝達するのであれば、教師と向き合って整列した人たちに教えるのが一番適している、効率的であると言えるかもしれません。
ところがワークショップでの学びは、「○○について全員に教えなければならない」というスタイルではありません。
ワークショップの実践家は活動をデザインすることはもちろん、それをどんな場で行うのか、どんな道具を使うのか、それをファシリテーターがどんな風にサポートするのか、などということを含めて総合的に「学びの場」を創り出しています。
まるで、それまで静かにおとなしくしていた空間が命を吹き込まれ、日常とは異なる場へと変えられるようです。

■「使い方」のデザイン
ところで、私は山内研究室にくる以前、建築学科というところにいました。
建築が作られる時に、この場所はこんな風に使われるだろう、使ってほしい、という意図があると思いますが、一方でそれが使い手に伝わらない事も多々あるのではないでしょうか。
もちろん、使い手が創造的にその空間を使うということは、とても魅力的なことだと思います。
でも、送り手と受け手の隙間を、もう少し埋めてもいいのではないかと、建築学科にいた頃の私は考えていました。
ワークショップの実践家達は、与えられた空間に「可能性」を見出し、そこでの活動をデザインし、その空間にいきいきと人が居る「状況」をデザインしています。
彼らは必ずしも空間の専門家ではないけれども、豊富な経験から、空間の利用可能性という送り手からのメッセージと、使い手(参加者)の動き方、反応、思いをつなげる存在であると言えるのではないでしょうか。

■ベテランの「頭の中」
ミュージアム、学校、大学、まち、企業などなど…「ワークショップ」という言葉を耳にする機会が増え、美術館、公民館、教室、体育館、会議室、スタジオ、カフェ、など、様々な場所がこの新しい学びの舞台となっています。

私は、ある空間がどのようにして学びの場、学びの舞台となっていくのかというプロセスに関心があります。
そこで、ベテランのワークショップ実践家のデザインプロセスにおける、「頭の中」をのぞいてみたいと思っています。
彼らがワークショップをデザインする際に、与えられた空間をどのように捉えているのか、その上でどんな活動をデザインし、場をしつらえていくのかということを明らかにしたいと考えています。
私は「場」と「活動」は切り離せない、相互に影響し合う関係だと思っています。
実践家が、どのようにしてその関係性を作っているのか、その関係の間を行き来しているのかということを追究してみたいと思います。
ベテラン実践家の「頭の中」を明らかにするため、Think Aloudという手法を用い、できたばかりの福武ホールで実験を行う予定です。

[牧村真帆]

2008.03.12

【エッセイ】M-GTA

月曜日に、立教大学の木下康仁先生においでいただき、質的研究の方法論として注目を集めているM-GTA(Modified Grounded Theory Approach)の研究会を開催しました。
M-GTAは、社会学者のBarney GlaserとAnselm Straussが1960年代に生み出したGrounded Theory Approachを改良したもので、文脈に沿ったデータの解釈や、分析方法の明示などに特徴があります。
看護・福祉領域で多くの研究に関わられてこられた木下先生の経験が随所にちりばめられており、質的研究の方法として、もっとも使いやすいもののひとつになっています。
私自身、2003年の論文「学校と専門家を結ぶ実践共同体のエスノグラフィー」で、GTAを参考にしながら自分なりの方法を作るのに苦労した経験があるので、こうした体系化はとても意味があるものだと思います。
木下先生がお話になったことで印象に残ったことは、(かいつまんでいうと)「研究の方法は、細かい技法の集積ではなく、なぜその研究を行っているかという目的から規定されている。」という指摘でした。これは当然のことなのですが、研究の方法は絶対化しやすく、意味もわからず教科書のやり方に従っていることが多いのが実情です。
実は、ほぼ同じことを10年前に言われたことがあります。当時私は、小学校でのフィールドワークに忠実にGTAを当てはめようとして四苦八苦しており、社会学や人類学の先生方に相談したのですが、そのときに、「あなたがみたいものを整理して、それに合わせて方法を考えなさい」とアドバイスを受け、目から鱗が落ちた記憶があります。
久しぶりに初心に戻った気がしました。ご多忙の中足をお運びいただいた木下先生、本当にありがとうございました。

[山内 祐平]

2008.03.08

【今年の研究計画】協調学習場面で教師が行う足場はずしの過程に関する調査と分析(坂本)

今月から始まりました,新シリーズ「今年の研究計画」。先頭バッターは4月から新M2となる坂本がお送りいたします。

■題目
現在考えているタイトルは,「協調学習場面で教師が行う足場はずしの過程に関する調査と分析」です。
協調学習というのは,1人ではなく何人かのグループでメンバーが協力しながら学び合うことです。
教師から一方的に教え込まれるのではなく,子どもたちが自分たちで力を合わせて答えを発見したり,課題に取り組む力がつくようになるために,教師はどのように子どもたちに任せていくのかという,教師が学習支援から手を引いていくプロセスをまとめていきたいと思っています。

■人は1人では生きていけない
そもそもなぜ協調学習かというと,人間の知恵は,決して1人だけで創り上げられるものではないと思うからです。
学校を卒業すると,人はいきなり大海原へ飛び込むことになります。右へも左へも行ける。道を教えてくれる教師はいない。そもそも正しい答えなんてない。いるのは,一緒に泳いでいく先輩や同僚などの仲間です。彼らと一緒にどちらの方向へ泳いでいくべきかを考え,決めていきます。
企業で言えば,チームでディスカッションを繰り返しながら企画を練っていくという活動は,答えのない問題解決そのものです。

でも,他人と協力しながら新しい何かを創り上げていくというのは,非常にレベルが高く一筋縄ではいかないことだと思います。
自分の意見を押し通してばかりの人や自分だけ楽をしようとする人がいたり,いつまでたっても1つの方向へ意見がまとまらなかったりします。
人は,ただグループになって集まるだけでは,必ずしも生産性の高い活動をできるとは限りません。
そこで重要になってくるのが,課題の特性や構造を見極めたり,良好な人間関係を築いたり,責任を持って取り組んだりするといった能力です。

■教師のマネジメント能力に着目
ここで一度,学校教育へ視点を移し替えてみます。
学校の教師は,子どもたちの性格や人間関係,得意不得意を把握しながら,教室の中での学び合いを成立させるために日々取り組んでいます。
例えば,授業や日頃の学級経営の中で,課題の特性や構造を見極めるためにヒントを教えたり,良好な人間関係を築くためのルール作り,責任を持って取り組むための役割決めなどを行っています。
僕は,教育のプロである教師のこのようなノウハウを紐解いていくことが重要だと思っています。

■子どもたちに「まかせる」ということ
教師が学びをサポートするのは当然と言えば当然なのですが,僕はあくまで子どもたちが自分たちで力を合わせることに焦点をあてています。
先ほども述べたように,学校を卒業すると教師はいなくなります。逆に言うと,教師は,自分がいない環境でも子どもたちが学び続けられるように育てていかなくてはなりません。
そこでこの研究では,子どもたちを自立させるために,教師がどのように学習活動を支援しているか,ではなく,どのように支援から手を引いていくか,どのようなタイミングで子どもたちに任せているのかという点に着目して,そのプロセスを追おうと考えています。

■今後の進め方と課題点
複数人の小学校教師にインタビューを行い,それぞれの方から過去のエピソードをいくつか集めることで,共通するパターンを抽出できればよいなと考えています。
どのような現象をもって支援した・支援から手を引いたとするか,教科や単元などはどのような状況設定にするか,良質なデータを取るためにどのような質問項目を立てるか,などなど,考えなければいけない課題はたくさんありますが,現場の先生方にお話を伺いながら少しずつ進めているところです。
現場の先生方に少しでも意味のある知見を還元できるよう,頑張っていきたいと思います。

質問や意見等ございましたら,コメント蘭へご記入下さい。
長々とお読みいただきありがとうございました。
[坂本篤郎]

2008.03.01

【研究に役立つウェブサイト】教材開発を網羅的に学ぶ

「研究に役立つウェブサイト」シリーズ、今回で最終回になります。
最後は「灯台もと暗し」ということで、BEAT (東京大学情報学環ベネッセ先端教育技術学講座)のサイトをご紹介しましょう。
BEATでは、毎月1回メールマガジン"Beating"を発行してきましたが、11号より「5分でわかる○○シリーズ」を続けてきました。
2005年度が「学習理論」、2006年度が「学習プロジェクト」2007年度が「学習評価」に関する特集記事になっています。毎号毎号、編集担当と執筆担当が頭を悩ませながら書いた力作です。
ひとつひとつの記事は短いですが、教材開発や教育プロジェクトに関わる基礎的な用語について網羅的に学ぶことができます。
バックナンバーは、こちらからごらんになることができます。

また、BEAT Seminar Reportには、公開研究会の模様がビビッドにわかる写真入りの記事が掲載されています。教材開発に関わるホットトピックやゲストのお話が満載ですので、楽しみながら学ぶことができます。
バックナンバーは、こちらからどうぞ。

来週からのシリーズ企画(3ヶ月)は、「今年の研究計画」になります。研究室のメンバーの魅力的な研究計画をお楽しみください。

[山内 祐平]

PAGE TOP